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塗料ができることって、何だろう。
塗料は色をつけるだけ、と思われているかもしれない。しかし塗料は、単に色だけでなく、様々な社会課題を解決できる力を秘めている。例えば、ウイルスに脅威を感じる家族や事業主、医療従事者の方々を守る塗料。橋や道路などインフラの劣化を防ぎ、物流を支え続けるドライバーの安全を守る塗料。ヒートアイランド現象を軽減し、人々の生活を守る塗料。塗料は、身近すぎて気づかないかもしれないが、新しい未来をつくりだすミラクルな存在だ。塗料技術がさらに進化すれば、世界をより豊かに変えることができる。「あっ!こんなところにも、塗料技術が使われているんだ」そんな新しい驚きを、私たちは世界にもっと広げていきたい。
1 塗料・コーティング技術
壁に付着した
ウイルスを抑制する塗料※自社調べ。
(DIY用/業務用 高機能塗料)
抗ウイルス機能など、壁の表面に特別な機能を持たせて、価値を高める塗料です。高機能塗料は、広い分野に応用されており、経済性(省エネルギー・省資源)、安全性の向上、環境保全などにも貢献しています。
住宅やビルの外壁を
環境変化から守る塗料
(高耐久性塗料)
住宅やビル、マンションなどの建築物の耐久性を高める塗料です。卓越した塗料技術で身近な建物を保全し、街を彩り、暮らしと環境を守ります。
社会のインフラを
守る塗料
(大型構造物・重防食用塗料)
橋梁、高速道路、さらには地図に載るようなランドマークまで、さまざまな大型構造物を雨や風、光といった劣化要因から長期にわたって保護する塗料です。
ヒートアイランド対策で
人を守る塗料
(遮熱塗料)
赤外線を反射し、路面の表面温度を低下させるのが遮熱塗料です。ヒートアイランド現象は、アスファルト舗装に吸収された太陽光の熱エネルギーが、夜間に放射熱として放出されるため起ります。この熱エネルギーの吸収量を低減する工法を遮熱性舗装といいます。
車を美しく
彩る塗料
(高意匠塗料)
車をサビや傷から守ることはもちろん、美しい色彩で人々を魅了する”プレミアムカラー”。見る角度によって表情が変わる深みのある色は、車に新たな付加価値を生み出しています。
船の汚れや劣化を
防ぐ塗料
(省燃費型防汚塗料)
世界中の船の汚れや劣化を守るのが省燃費型防汚塗料です。環境に配慮したこの塗料は、シリーズ累計で3,300隻以上の船舶に採用され、世界の造船・海運業界の成長に貢献しています。
塗料の機能を
発揮する技術
(表面処理)
塗装の前工程には、素材表面に防錆性や塗膜密着性、耐久性向上などの機能を付与する表面処理を施します。日本ペイントは事業会社の連携によって、国内で表面処理から上塗り用塗料までを一貫して提供できる塗料メーカーです。表面処理・塗料それぞれの先進技術を融合させ、新しいニーズにも積極的に対応していきます。
壁に付着した
ウイルスを抑制する塗料※自社調べ。
DIY用/業務用 高機能塗料)
住宅やビルの外壁を
環境変化から守る塗料
(高耐久性塗料)
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社会のインフラを
守る塗料
(大型構造物・重防食用塗料)
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ヒートアイランド対策で
人を守る塗料
(遮熱塗料)
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車を美しく
彩る塗料
(高意匠塗料)
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船の汚れや劣化を
防ぐ塗料
(省燃費型防汚塗料)
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塗料の機能を
発揮する技術
(表面処理)
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2 TVCM・メイキング映像
TVCM「日本ペイントの部屋」篇
メイキング映像
3 出演者・楽曲情報
多部 未華子
1989年1月25日、東京都生まれ。02年に女優デビュー。05年公開の映画『HINOKIO』『青空のゆくえ』でブルーリボン賞新人賞を受賞して注目を集める。09年にはNHK連続テレビ小説『つばさ』のヒロインも務めた。10年には『農業少女』で読売演劇大賞女優賞・杉村春子賞、エランドール賞新人賞などを受賞。映画、ドラマをはじめ、舞台、CMと多方面で活躍の場を広げている。
2020年は主演ドラマ『私の家政夫ナギサさん』(TBS)が放送、10月には映画『空に住む』が公開予定。
Music Special Cooperation
TVCMのBGMは山崎まさよしさんの「Flowers」を採用。
「日本ペイントの部屋」がより楽しくなるポップで明るい世界観をお楽しみください。
山崎 まさよし
1995年デビュー。1997年公開の主演映画『月とキャベツ』の主題歌「One more time, One more chance」がロングヒット。音楽ファンのみならず多方面から支持を得る。2020年8月26日にデビュー25周年アニバーサリーイヤーを象徴するNew EP『ONE DAY』をリリース。
4 日本ペイント ヒストリー
1879(明治12年)
創業の祖となる茂木春太、重次郎兄弟は、当時の日本で多くの人を悩ませていた白粉(おしろい)の「鉛中毒」を解決するために、鉛の代わりとなる「亜鉛華」の開発に着手。「亜鉛華」の精製に日本で初めて成功する。
1880(明治13年)
当時、輸入塗料の水増しなどで巨利を得ていた商人たちの風潮に疑問を抱いた茂木重次郎は、洋式塗料の研究にも着手。試行錯誤の上、日本初の国産塗料完成させる。
1881(明治14年)
海軍塗工長中川平吉氏の尽力を得て、日本初の国産塗料会社「光明社」誕生。
1898(明治31年)
株式会社組織として日本ペイント製造と改称、
我が国で本格的塗料工業が始まる。
1923(大正12年)
関東大震災が発生。甚大な被害を受けた京浜地区に対して、当時の社長である小畑は大阪から社員を派遣して被災した特約店や取引先に現金を配分。西の特約店会である大黒会は、東の特約店会である恵比寿会に塗料を優先的に供給し、その復興を援助した。
こうした積極的な支援対策により、各特約店や支援先は1カ月足らずで業務を再開することができた。日本ペイントの経営理念の一つである「共存共栄」が実践されたエピソードである。
このような明治・大正の創業当時の精神とも言える「社会課題の解決」への想い、そして「共存共栄」という理念は、現在の日本ペイントにも脈々と受け継がれています。
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