光と影、そして色彩に宿るストーリーから自動車が秘める真の造形美が見えてくる

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観察する目で被写体に接し
今日という日を映り込ませる

自動車の撮影は、三次元の立体造形を二次元の平面に置き換える作業です。立体感を光と影でどれだけコントロールできるのかが、撮影の妙技となります。そのためには、被写体に対して撮影者が観察する目を持つことが重要です。

まずは、すぐに撮影せず被写体である自動車に近づいて観察します。間近で見たり触ったりすると想像していたよりも光沢のある濃い色であるとか、質感にぬくもりを感じられるなどの発見があります。このように被写体との距離感を掴むことが、観察する目を養うことにつながります。
もう一つは、通常の写真撮影では好まれない映り込みも自動車の撮影では欠かせない要素です。都市部を走る自動車のボディーに景色が映るのは自然なことだから、あえて背景として入れています。これには二次元の写真に立体感を増幅させる効果もあるのです。ただし、高層ビルや街路樹を映り込ませれば良いのではなく、構造物の影や太陽の位置など撮影した時刻や気温、つまり「今日という日」を切り取るような意識で撮影をすることで臨場感のある作品に仕上がります。

小川さんからのアドバイスで、一般の方が愛車を撮影するテクニックとして「順光(撮影者の背中から照射する光)ではなく、まず背景をスッキリさせ、被写体に対して約45度後方から照射する半逆光で撮影すると、光る箇所、影になる箇所ができ、立体感を強調することができます。」これは被写体を美しく再現するためのプロの光の見極め方の基本のようです。

被写体を複合的に知ることで
最適な撮影シーンが決まる

自動車の広告写真の撮影は、いつも「見る人の気持ちが高揚するような訴求力のあるものを」という一心で臨んでいます。そのために心掛けているのは自動車のメカニズムやデザイン、色などを熟知することです。
深く理解するためには、まず自動車の背景にあるその国の経済や政治などの歴史、資源や技術、環境などの社会問題を知ることが大切です。そして、それらを踏まえ「デザイナーやエンジニアはどんな思いを込めて作り上げたのだろう」とさらに考えを深めると、その自動車のイメージに最適な撮影シーンが浮かびあがってきます。
つまり決定的な1枚は偶然ではなく、映画のワンシーンのように緻密につくりだされるものなのです。そんなアプローチで撮影されたベストショットには作り手の思いが美意識となって写真に反映され、それが見る人の心を掴むのだと思います。

マツダコンセプトカー

荒涼とした雰囲気で撮影するために栃木の大谷石の地底30mの洞窟に運び入れて撮影したマツダのコンセプトカー。モーターショーの2週間前であったが、マツダのカーデザイナーの独創的な世界観を表現するために決行。

シンボリックな色彩に
隠された意図を見出す

アルファロメオやフェラーリなどイタリアを代表する自動車は、イメージカラーに赤がよく使われますが「この色しかありえない」と誰もが思うような情熱的な印象を与えるロッソ(赤色)をまとっており、他にはない恍惚感と独創性を醸し出しています。
こうした自動車メーカーがその車に最も見合うイメージカラーを選定することや、国の特長を表したナショナルカラーを車体に起用する理由は、その自動車と国・時代・社会的背景が大きく関与しており、目には見えない説得力が与えられるからです。
自動車のボディーの色が実は様々な背景によって決まっていることがわかると、自動車と色の関係性がはっきり見えてくるということです。
これは、自動車だけでなく日常生活にあるさまざまなモノの色やデザインも同様です。

何層にも織り込まれた色彩が
造形美を引き立たせる

写真家になって長い年月が経ちますが、光と影、色彩への探求心は増すばかりです。
自動車の塗料一つを見ても「何を彩っているのか」の答えは単純ではありません。
我々が見る自動車のボディーが出来上がるには、まず、錆びさせない目的で塗られる塗料があり、次に下地となる塗料があります。そのあとボディーの色をよりきれいに見せるための中間層塗料があり、最後にはボディーの色を施すための上塗りの塗料の3層から5層の工程で仕上がっています。
つまり、美しく見える色彩のなかには機能と役割が層のようにあるのです。さらに、驚くことにその厚さは0.1mmほどしかないのです。車が走りだしたときに、色がなめらかに流れていくように感じるのも、塗料の魅力であり、つまりプロの技によるものです。

私はシルバーメタリックの自動車が一番好きです。シルバーメタリックのボディーを見るたび、光の雫が垂れるような艶っぽさに魅せられ、そして美しい造形美をより引き立たせるための美しい塗料があるのだと実感し、あらためて自動車と色の関係性に感慨深さを覚えます。



自動車写真家

小川義文氏

1984年に自動車専門誌「カーグラフィック」から創刊された新しい自動車雑誌「ナビ」のメインフォトグラファーとして起用され、自動車写真の第一人者として雑誌や広告の撮影を手掛けるように。国内外のさまざまな自動車メーカーの撮影を手掛ける。自らの写真論をまとめた「写真家の引き出し/幻冬舎」、写真集「小川義文 自動車/東京書籍」など著書も多数。アマチュア写真家の育成を目的とした小川義文監修「花の写真FBグループ展」は今年で8年目を迎える。
(撮影: 吉川正敏)

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