財務・M&A戦略
財務戦略
MSV実現に向けた財務・M&A戦略
取締役 代表執⾏役共同社⻑ 若⽉ 雄⼀郎
基本方針
当社の強みは持続的にEPSを積み上げる力にあると考えており、創出したキャッシュをM&Aに使い、将来の成長を確保し、株主に報いることを目指します。
各アセットレベルではそれぞれ細かなKPIを設定していますが、当社の「アセット・アセンブラー」という考え方に基づくと、各地域の事情を無視してまでも、マージンやCCCの一律設定はしません。それでも各社は成長を維持しながら改善は常に図るマインドで経営に当たっており、その集合体としての当社の強みは、統一指標を掲げるよりははるかに効果的であると考えています。
「EPSの積み上げ」を後押しする財務戦略
財務規律
当社は財務規律の方針として、負債調達を優先し、低コストの資金調達を継続するべく、レバレッジ余力を維持していきます。当社が抱えるリスクの性質について金融機関や格付機関からの適切な理解を獲得することが非常に重要であることから、積極的な対話の実施や開示資料の充実を図っています。
設備投資・M&A
将来の持続的成長に向けて積極的に設備投資を実施していますが、当社事業の売上規模やキャッシュ・フローに比べると設備投資の負担は比較的限られています。生産能力の増強やDX・研究開発の強化などの新規投資は規律を持って各地で実施していることから、M&Aこそが最も資金需要の高い投資先となります。「アセット・アセンブラー」モデルのもと、引き続き良質で低リスクのM&Aを適正なバリュエーションで積み上げていきます。
株主還元
M&Aを中心とした成長投資を最重要視する中、株主還元についてはEPSの増大を通じたTSRの向上に主眼を置いています。
配当は、業績動向、投資機会などを総合的に勘案しながらも、配当性向30%を目途に安定的に行う方針です。(配当金・TSRの推移は「財務ハイライト」参照)
- 資本政策
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- 設備投資額
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バランスシート・マネジメント
バランスシート・マネジメントとしては、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)をKPIの一つに設定し、各パートナー会社は各地域・事業で取引条件を見直すなどの短縮化を進めています。その結果、2023年はアジア、特に中国事業でCCCが大きく改善しました。固定資産(有形固定資産、無形資産、のれん)はM&Aの実施を主因として増加傾向にある中、資産効率や収益性の観点から積極的にモニタリングしており、日本グループの船舶用事業などでは構造改革も実施しています。「のれん」については、キャッシュを産む対象事業の選定や「自律・分散型経営」による円滑なPMIの実施、適切なバリュエーションで「良質なM&A」を積み上げることで、減損リスクを低減しています。
バランスシート・マネジメント方針
2023年12月末時点
- 資産
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- 「現金・現金同等物」 2,896億円
- 「営業債権及びその他の債権」 3,179億円
- 「その他の金融資産(非流動資産)」 352億円
- 「有形固定資産」 4,100億円
- 「のれん」 8,978億円
- 「その他の無形資産」 4,308億円
- 合計 27,133億円
- 資産
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「現金・現金同等物」
「営業債権及びその他の債権」- コロナ影響や中国不動産市況の悪化に対応したCCCの見直し(取引条件の見直しなど)
- 将来の債権回収リスクを踏まえた対応(中国売上債権に対する貸倒引当金の計上など)
「その他の金融資産(非流動資産)」
- 政策保有株式について、保有継続の合理性を毎年検証
「有形固定資産」
- 事業売却や構造改革を通じて資産効率の向上や収益性改善に取り組む(欧州自動車用・インド事業の譲渡、日本事業・船舶用事業の構造改革など)
「のれん」「その他の無形資産」
- 「自律・分散型経営」でPMIリスクを最小化し、「良質なM&A」の積み上げによる減損リスクを低減
- 負債
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- 「営業債務及びその他の債務」 2,622億円
- 「社債及び借入金」 7,398億円
- 合計 13,452億円
- 負債
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「社債及び借入金」
(有利子負債)- 負債調達を優先し、レバレッジ余力を維持(2023年末時点のネット・デット/EBITDAは2.2倍にまで低下)
- 格付機関からの評価(R&I格付「A」を維持)
- 円ベースの安定した資金調達(低金利・長期年限)
- 資本
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- 「資本金」 6,714億円
- 「利益剰余金」 3,512億円
- 合計 13,681億円
- 資本
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「資本金」
「利益剰余金」- M&Aなどの成長投資に向けて財務基盤を強化(第三者割当増資による資本増強)
- EPSが増加する前提に、資本調達も選択肢
- M&Aにおいて、ROICがWACCを上回るなど、資本効率も考慮
- 配当性向30%を維持
財務レバレッジとしては、2023年は収益成長やCCCの改善により、キャッシュ創出が大幅に増えたため、2023年末のネット・デット/EBITDAは2.2倍まで低下しています。負債による資金調達は基本的に全て円ベースで実施しており、2023年末時点で平均年限は3.5年、平均金利は税引前で0.4%と、極めて安定的な負債構成となっています。今後も新たな機会確保に向けた十分な負債余力を維持しながら、最適な資本構成を志向するとともに、金融機関や格付機関などからの信頼や信用を獲得していきます。(格付推移の詳細は「格付・社債情報」参照)。
- ネット・デッド/EBITDA推移と負債状況
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ROIC
連結ROIC実績
2023年の連結ROIC(投下資本利益率)は6.9%に上昇し、前年を+1.5p上回りました。これは、①2023年に大きなM&Aがなく、追加のれん計上が僅少だったこと、②既存事業のEPSの積み上げが加速したこと、③中国事業を中心にキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)が改善したこと、などによるものです。なお、WACC(加重平均資本コスト)は約6%を見込んでいます。一方、過去5年間で見れば、EPSは着実に増加しているものの、ROICが約5~7%で停滞しているのは、積極的なM&Aに伴うのれんの計上が大きく影響しており、M&Aを戦略の柱としている中、不可避なものであると考えます。
- WACC・連結ROIC・EPS
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ROICに対する考え方
資本効率の高い会社の買収について
「アセット・アセンブラー」としての当社の強みは、安全な買収を継続的に積み上げる力にあり、買収を通じた長期的かつ持続的なEPSの「最大化」を目指す中、ROIC一辺倒の考え方は当社プラットホームの最有効活用に資さず、戦略とも整合しないと考えています。特に強調したいのは、買収対象会社が、①運転資本や設備投資などの投下資本に対して、現地で非常に高い資本効率で事業をオペレーションしていること、②安定的なビジネスモデルや高いブランド力、優秀な経営層などの観点から、総じて事業リスクが低く、安全性が高いこと、の2点です。
投資家の皆様から預かる資本を使用して買収する以上、個社のROICはもちろん確認し、買収後数年内にWACCを上回ることを目指す中、実際に2019年以降で買収した主要5社は既にWACCを超えているか、WACC超えが視野に入っており、いずれもROICは年々改善傾向にあります。一方、ご参考として、「のれん抜き」の個社ROIC推移を見ると、いずれも買収直後(初年度~2年目)から比較的高いROICであることが見て取れます。
一般的に、積極的なM&Aを推進する企業はリスクが高いと思われがちですが、現地でキャッシュや利益を生み出し、設備投資負担も軽く、実はとても効率性が高いのが当社ビジネスの特長です。当社はこうした安全性の高い会社をM&Aで積み上げていくため、連結ではのれんが加算されるものの、非常にリスクが低いアセットの集合体であると言えます。
株式投資家へのリターンの考え方、還元強化によるリターン向上について
投資家の皆様との対話において、2桁の期待成長率を求める声があります。当社が手掛ける事業領域の特徴として、M&Aを実施せず、豊富に創出されるキャッシュを自己株式の取得に使えば、ROICは着実に改善していきます。例えば、ROICの高いある競合塗料メーカーでは、「オーガニックEPS成長1桁%+自己株式取得」で2桁成長が可能というストーリーを描いています。
一方、当社としては「中期経営方針」で示した通り、オーガニックの中期連結CAGR目標は自社株買いなしで10~12%のEPS成長を見込み、既に2桁の成長力があります。豊富に創出されるキャッシュは長期的なEPSの最大化に資するM&Aに優先的に振り向け、結果として初年度からEPS貢献するM&Aを志向する中で、「オーガニックEPS成長10~12%+M&Aでアップサイド」と十分に高い成長を目指しています。こうした一貫した戦略のもと、還元については、①短期的な株主還元よりも、M&Aを通じたEPSのベースを拡大する、②短期的にレバレッジが低下したとしても、将来のM&Aに活用するためのドライパウダー(待機資金)とする考えです。買収において株主資本を活用する可能性があることは常々表明しているものの、もちろん負債調達を優先する中で、自社株買いなどの短期的な還元はそうした意味でも劣後し、ファイナンスの選択肢を狭めることから、将来のM&A機会の損失にもつながりかねないとも考えます。
当社は「アセット・アセンブラー」モデルにおいて、ローリスク・グッドリターンであれば、M&Aの対象地域・事業・規模は問わずノーリミットであり、安全性が高くEPSに貢献する案件は多数あることから、以上のような方針・戦略には合理性があると考えています。当然、ROICも指標の1つとして捉えており、オーガニックでの利益成長やCCCの短縮化などを徹底するものの、連結ROICだけで当社の潜在力を評価するには不十分と考えます。
- 個社ROIC推移※
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- ※ROIC(IFRS):税引後営業利益(PPAによる無形資産償却後)÷取得原価(移転対価、その後の増資などを含む)。いずれも各年度の実績レートによる円換算後
- ※DuluxGroup(太平洋)、Betek Boya、JUBは期中に買収したため、初年度は除外
- ※各社とも初年度の取得関連費用は負担せず
- ※DuluxGroup(太平洋)は、DuluxGroup連結からCromology、JUBを控除した数値。2022年はCromology、JUBの取得関連費用(その他少額案件を含む)を除く
- ※Betek Boyaは、超インフレ会計などで法人税率が異常値になる2022年、2023年は法定実行税率を使用
- ご参考:個社ROIC推移(のれん抜き)※
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- ※ROIC(IFRS):税引後営業利益(PPAによる無形資産償却後)÷取得原価(のれんを除き、移転対価、その後の増資などを含む)。いずれも各年度の実績レートによる円換算後
- ※DuluxGroup(太平洋)、Betek Boya、JUBは期中に買収したため、初年度は除外
- ※各社とも初年度の取得関連費用は負担せず
- ※DuluxGroup(太平洋)は、DuluxGroup連結からCromology、JUBを控除した数値。2022年はCromology、JUBの取得関連費用(その他少額案件を含む)を除く
- ※Betek Boyaは、分母から控除したのれんは超インフレ会計による影響を未反映。超インフレ会計などで法人税率が異常値になる2022年、2023年は法定実行税率を使用
キャピタル・アロケーション
当社の資本政策は、財務規律を維持しつつ、成長投資を優先的に実施し、EPSの持続的かつ長期的な最大化に主眼を置きながら、結果としての「PERの最大化」にもつなげることを志向しています。成長投資のうち設備投資については、将来の持続的成長に向けて積極的に実施していますが、売上収益に占める割合は維持更新投資を中心に3%程度であり、設備投資の負担は比較的限られています。そうした中、生産能力の増強やDX・研究開発の強化などの新規投資は規律を持って各地域・事業で実施していることから、M&Aこそが最も資金需要の高い投資先となります。「アセット・アセンブラー」モデルのもと、引き続き良質で低リスクのM&Aを適正なバリュエーションで積み上げていきます。
配当については、業績動向や投資機会などを総合的に勘案しながら、現時点では配当性向30%を目途に安定的に行う方針です。
2021-2023年の3年間を見れば約3,700億円のキャッシュを創出した一方、設備投資に1,200億円、配当に800億円、M&Aに3,000億円強を振り向けた結果、調達によってネット・デットは増えたものの、EBITDAも増えており、当社の事業特性に鑑みても全くの安全圏にあります。
自社株買いに関しては、現在(2024年7月末時点)の株価水準には満足していないものの、現時点では検討していません。貴重な資本を当社株式の購入に充てるよりも、安全なM&Aに使うことの方が、将来の持続的なEPSの積み上げに寄与すると考えるためです。ただし、将来的には市場の動向を常に見極めながら、あらゆる選択肢を確保していきます。
- キャピタル・アロケーション(2021-2023年実績)
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財務ハイライト
- 売上収益※
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2017年以降に実施した複数のM&Aによる積み上げに加え、中国を中心としたアジアの建築用事業が大きく成長したことで、売上成長が加速しています。2023年は、建築用塗料を中心とした販売数量の増加や製品値上げの浸透、NPTの買収や円安が貢献し、7年連続の増収・過去最高の売上収益を達成しました。
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※セグメント区分の変更による主な変更点は以下の通り
- ①新セグメントでの日本セグメントには、船舶用の海外事業を含む(旧セグメントではアジアに帰属)
- ②新セグメントでのNIPSEAには、Betek Boya、Nippon Paint Turkeyを含む(旧セグメントではその他として表示)
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※セグメント区分の変更による主な変更点は以下の通り
- 営業利益/営業利益率
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【営業利益】2020年以降、売上成長に比例して4年連続の増益を達成しています。2023年はトルコにおける超インフレ会計の影響があったものの、増収効果や売上総利益率の改善などにより、過去最高益となりました。
【営業利益率】2021~2022年は原材料費率の上昇などにより8%台で推移しましたが、2023年は原材料費率の低下もあり、11%台に回復しました。 - キャッシュ・フロー※
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塗料・周辺事業は設備投資の負担が比較的軽く、安定した市場成長を背景にキャッシュを創出しやすいため、毎年フリー・キャッシュ・フローはプラスで推移しています。2023年はキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)を各地で大きく改善したこともあり、大幅に増加しました。
- ※フリー・キャッシュフロー(IFRS):営業活動によるキャッシュ・フロー±有形固定資産の取得による支出±無形資産の取得による支出
- 自己資本利益率(ROE)/投下資本利益率(ROIC)※
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【ROE】2020~2022年のROEは概ね8%前後の水準で推移しましたが、2023年は当期利益の増加やマージンの改善により、9.5%となりました。
【ROIC】2021~2022年のROICはM&Aに伴う有利子負債・株主資本の増加による投下資本回転率の低下に加え、原材料費率の上昇などによるマージンの悪化も響き、低下しました。2023年は規模の大きなM&Aがなく、のれん計上が僅少だったことや、当期利益の増加、マージンの改善により、上昇しました。- ※ROIC(IFRS):税引後営業利益÷(ネット・デット+資本合計)
- 1株当たり当期利益(EPS)
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EPSは、営業利益などの利益項目の推移に概ね比例しています。2020年以降、増収効果に伴う営業増益により、4年連続で増加しました。
- ※2021年4月1日付で1:5の株式分割を実施したため、2019年1月に行われたものと仮定し、算出
- 株価収益率(PER)
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PERは、当社の将来的な成長期待の表れとして、TOPIX化学業種平均を一貫して上回って推移しています。2020年は、株式市場におけるグロース銘柄の選好や、当社におけるM&A実施などの複合要因が重なり、大きく上昇しましたが、2021年以降は、中国リスクに対する市場不安などを背景に低下傾向にあります。
- 1株当たり年間配当金/株主総利回り(TSR)
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【配当金】配当性向30%を目途に安定的かつ継続的な配当を基本方針としています。創業140周年の記念配当1円を含めて配当した2021年以降、3年連続で増配しました。
【TSR】株価上昇や増配により、2022年まで比較指標である配当込みTOPIXを上回って推移しました。2023年は中国リスクに対する市場不安などの影響もあり、配当込みTOPIXを下回りました。- ※2021年4月1日付で1:5の株式分割を実施したため、2019年1月に行われたものと仮定し、算出
- ネット・デット※/ネットD/Eレシオ
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【ネット・デット】塗料・周辺事業は設備投資の負担が比較的軽く、キャッシュを創出しやすいため、マイナス推移する傾向にありますが、2019年以降はM&Aを目的とした金融機関からの資金借り入れにより、プラスに転じています。
【ネットD/Eレシオ】2023年は規模の大きなM&Aがなくネット・デットが減少したことで、低下しました。- ※ネット・デット:有利子負債(社債及び借入金(流動・非流動)+その他の金融負債(流動・非流動))-手元流動性(現金及び現金同等物+その他の金融資産(流動))