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2025.10.01

開発ストーリー:車両デザインのこだわりが光る ― 近鉄特急「ひのとり」を彩る鉄道車両用塗料の開発秘話

#製品・事業 #研究開発 #プロフェッショナル

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深い艶感のあるメタリックレッドが印象的な大阪難波と近鉄名古屋を結ぶ近畿日本鉄道の特急「ひのとり」。ゆったりとした空間と上質なサービスを提供する気品ある車両のイメージを、翼を大きく広げて飛翔するひのとりに重ね合わせて命名されました。この先進的な車両デザインに欠かせない鉄道車両用塗料「ひのとりレッド」の開発担当者に、採用までの道のりを聞きました。

「ひのとり」の走行写真

美観と保護の二つの機能で鉄道車両を支える

塗料は、色彩や光沢感などで対象物のイメージを向上させる「美観」機能を担っています。加えて、特に鉄道車両用の塗料は高速走行やトンネル内のすれ違いによる振動のほか、走行による汚染、夏の暑さや湿気、冬の寒さなど四季を通じて過酷な環境の変化にさらされるため、高い「保護」機能も求められます。この二つの機能をどちらも担保できる塗料を開発することが今回、与えられたミッションでした。

「ひのとり」の車内写真

先進的な鉄道車両にふさわしい
“新しい赤色”を生み出す

「ひのとり」向けの塗料開発が始まったのは2017年11月のことでした。「今までに見たことがないような高彩度のメタリックレッドにしたいというのが車両デザイナーの方の要望でした」と開発担当者は振り返ります。目指しているのは、日本の鉄道の中でこれほど鮮やかな車両はないと思うくらいの赤色でしたが、一般的な原色で調色しても、鮮やかな発色を得られません。メタリックの原色は基本的にグレーであり、そこに赤色を加えると濁ってしまうからです。
しかし、お客様の要望は「スッキリとした赤色にしたい」ということだったので、できる限り彩度を落とさないように、細心の注意を払って塗色設計を行っていきました。もちろん、お客様の要望する色に近づけながら、保護機能を担保することも必須条件になります。「当初は鉄道車両に採用されたことのない色味ということもあり、ハードルが高かったのですが、自動車向け塗料の開発の際に得た知見を活かし、技術担当者とも密にコミュニケーションを取りながら材料選定に関するアドバイスを受けることで解決策が見えてきました。」

「ひのとり」の走行写真

何万通りの組み合わせの中から最適な選択肢を見つける

目指しているのは“新しい赤色”ですが、鉄道車両向けの塗料は実績のある材料から選ぶことが基本となります。鉄道車両に使用する材料には規格があり、新規の材料を採用すると提案までに時間を要するからです。「これとこれを組み合わせると、どんな色になるかと想像し、普段使わないような材料の組み合わせにもチャレンジしました。材料は赤色だけで約20種類、青色だと10種類は超えてきます。メタリックカラーも20種類程度あり、組み合わせ次第では何万通りにもなります。」と開発担当者は説明します。「まずは平らな板に塗るのですが、平面で見ると色の陰影がわかりにくいので、山型の立体物に塗って確かめます。ある程度、色のイメージが固まってきたら、大きな面積に塗って再び確認していきます。」これを繰り返すことで、保護機能を満たしながらも新しい赤色を実現できる、最適な選択肢を見つけていきました。

お客様が思い描く色をカタチにしていく

お客様からの色に関するリクエストは、「印象に残る色にしたい、高級感を持たせたい」といった形で寄せられます。これらを開発・技術担当者に伝えていくのがデザイナーの役割です。それは、お客様が頭で考えている色を言葉やカタチにしていく翻訳作業ともいえます。お客様の要望は定性的ですが、理想の色を実現していくためには定量的・技術的な考え方が必要になります。コミュニケーションをとる過程では、どのような目的でこの色にしていくかといった方向性を定めることも重要です。「鉄道車両の色彩の難しさは、背景に動く景色があるところです。森林や空、建物などの風景と馴染むように、あるいは対比するように、どうコーディネートしていくかを考えなければなりません。」また、鉄道利用者の視点も求められます。「今回は特別な車両ですので、お客様との対話を重ね、SNS映えも意識した思い出に残る色にすることも意識しました」と説明します。こうして緻密な色味の修正を行うことで、お客様の理想とする色に近づけていきました。

意匠性と作業性のバランスを追求

通勤列車などの一般的な車両には、単色のソリッドカラーが使われることが多いのですが、高級車両・観光列車を中心に、乗りたいと思わせるブランド力に貢献するメタリックカラーも、ここ10年で採用例が増えています。「ソリッドカラーの場合はそこまで考慮しませんが、キラキラと輝く素材が入ったメタリックカラーの場合、見る角度によって色が変わるため、細かい色の見え方も調整が必要になります。」と開発担当者はその難しさを解説します。「塗装する作業性においても、ソリッドカラーに比べてメタリックカラーの方が塗る回数が増えますし、難易度が高い傾向にあります。ソリッドカラーの場合は1回の塗装で20~30μm(1μm=1/1000mm)の厚さになります。一方、メタリックカラーで意匠性を出そうと思うと、1回の塗装につき7~8μmと、より薄くかつ均一に何度も塗り重ねていかなければなりません。平たいアルミフレークが入っており、反射を均一にしないと外観の品質を保てないからです。」また、仕上げ保護用の透明な塗料であるクリアを塗る作業も発生します。塗装回数を極力減らしつつ、意匠性を保つことが求められますので、そのバランスを追求することが重要になります。結果、提案した色は計16色に上りました。

「ひのとり」模型

塗装した鉄道模型をつくり最終プレゼンへ

こうした調整を繰り返すうちに、色のイメージはだんだんと固まりつつありました。しかし、大きな壁に直面します。「ひのとり」は大阪難波を始点とし、近鉄名古屋駅が終点となるため、両方地下に停車することになります。地下に入ると太陽光が当たらなくなるため、「想定より暗く見えるのでは」という懸念事項が浮上しました。色がくすまないように調整したり、赤味に干渉しない程度に明るくしたりと、修正を重ねていきました。それでも最終的な結論に至ることができず、今度はソリッドカラーでも検討していくことになりました。「車両デザイナーの方が高彩度のメタリックレッドに強い思い入れがあることは、これまでのやりとりの中で十分に伝わってきました。何とかして実現したいと思い、自然光が届かない場所でも見た目の印象を損なわない着色アルミを採用しました。これにより、屋外と屋内で大差ない意匠性を維持することに成功しました。」最終的なプレゼンでは鉄道模型をつくって、半分にメタリックカラー、もう半分にソリッドカラーを塗り、屋外で見たときのインパクトの違いも実際に見てもらうことになりました。

太陽光により輝きを放つ「ひのとりレッド」の誕生

いよいよ迎えたプレゼンの日。天気はあいにくの雨でした。「日差しの下で色の違いを見ていただくことができないと少し焦っていました」と、営業担当者は振り返ります。しかし、その思いが伝わったのかプレゼンの途中で雨がやみ、太陽が出てきました。「外で見ると、メタリックカラーとソリッドカラーではこんなにインパクトが違うんだ」という驚きの声が上がりました。「『私が言いたかったことがようやく伝わった』と、車両デザイナーの方も喜んでくださいました。それが一番うれしかった。」2019年3月、最終的な色が決定しました。太陽光により一層輝きを放つ、高彩度のメタリックレッド「ひのとりレッド」誕生の瞬間でした。

「私自身がつくりたい色を目指すのではなく、お客様がつくりたい色をカタチにするのが私の仕事」と開発担当者は語ります。「製造工程で手間がかかる塗料は、お客様に迷惑がかかることもあります。お客様に負担をかけては意味がありませんが、求められる色を出すことも、もちろん重要です。保護機能をきちんと担保したうえで、色の再現と製造工数の両面について、メリットとデメリットをしっかり伝え、お客様に納得して選んでいただくことを大切にしています。」日々仕事と向き合う開発者たちの思いも乗せて特急「ひのとり」は走り続けます。

近畿日本鉄道株式会社
鉄道本部 企画統括部 技術管理部(車両)波多野哲也様

名阪特急「ひのとり」の塗料開発にあたっては、多くの難しい要望にお応えいただき、開発に携わった皆さまには大変感謝しております。今回の車両開発では先に形状を決めました。名阪特急にふさわしいスピード感と先進性を表現する形状とし、メインカラーの深い艶感のある赤色メタリック塗装により、力強さと華やかさの両方をうまく表現できました。また、光の当たり方で生じる陰影や、車体形状の特徴である先頭部分の「エッジライン」による色変化、ロゴマークやアクセントラインのゴールドとの相乗効果で気品ある特急を実現することができました。本当にありがとうございました。

鉄道車両用塗料に関するお問い合わせ先

  • 日本ペイント・インダストリアルコーティングス株式会社

研究開発

  • 研究開発 車両を彩り、守る鉄道用塗料 技術ページ

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