- グローバル
- 2025.12.18
開発ストーリー:重要文化財を腐食から保護し、次代に継承 ― 防さび塗料「ダンジオーラ」開発秘話
海沿いに位置する橋梁や工場・プラント設備は長年にわたり潮風や湿気、塩水にさらされ続けるため、これらを長期間にわたって保護するには、耐塩害性に優れた防さび塗料が欠かせません。長寿命化の実現と維持管理コストを低減したいという社会的要請が高まる中、従来の塗装方式を覆す新しい発想により、優れた防さび性能と省工程を兼ね備える塗料技術を追求した開発者たちの挑戦を追いました。
橋梁の老朽化という社会課題に挑む
さびや腐食をそのまま放置すると、橋梁などのインフラの強度が低下し、崩落や崩壊につながる可能性があります。日本には橋梁が約73万橋あり、そのうちの約4割が建設後50年を経過しており、立地環境が厳しい場所については老朽化による損傷が課題となっています(国土交通省「老朽化の現状・老朽化対策の課題」)。しかし、メンテナンス工事の担い手不足などにより、危機の解消には多くのハードルがあるのも事実です。このような社会課題の解決に塗料の力で貢献したいと考えたことが「ダンジオーラ」開発のきっかけでした。「製品名の『ダンジオーラ』は、“遮断(ダン)と塩(ジオ)”を組み合わせていて、塩害環境から守るという使命感を込めています。開発、営業、マーケティング担当者間で意見を交わして生み出した、現場の声と技術革新が詰まった製品です」と開発担当者は語ります。



さび面に直接塗れる塗料を共同開発
塗料は塗られる物の表面にしっかりとくっつくことが重要です。被塗物の表面が汚染されていると、付着障害や美観不足になりかねません。そこで、被塗物の表面を塗装できる状態、すなわち塗料が均一に塗れ広がるように調整することが基本です。これを素地調整と呼びます。素地調整には研磨材を使用したり、電動工具でさびを落としたりするなどの方法がありますが、橋梁や工場・プラント設備の塗り替えにおいては、火気厳禁なことや狭所での作業が必要になることから素地調整が難しく、さびが残ってしまう中で塗装することが求められるケースもあります。



従来、このようなさびを除去しきれない被塗物には、さび面に塗装した場合も迅速に安定構造に変化させる「さび転換機能」を有する塗料を塗りつつ、さび止めの下塗りも塗らなければならず、一つで全ての役割を果たせる塗料はありませんでした。「現場の作業員からは、工程が多いため工期やコストが増大するとの声もあり、こうした課題に応える新たな塗料を開発したいという思いがありました」と開発担当者は振り返ります。一方で、社内から聞こえてくるのは賛成の声だけではありませんでした。「これまでは、塗料メーカーとして『しっかりと素地調整してください』とお願いしてきました。その一部を否定することにもなるのでマーケティングの観点も含めて葛藤はありました。とはいえ、素地調整が満足にできない環境があるのも事実です。また、一気に改修工事が始まると人手不足で、さび落としのための十分な時間を確保できないこともあります。技術的なハードルも含め、総合的に考えて本当に開発するべきなのか、実は相当議論しました」とマーケティング担当者は説明します。それでも、お客様の声に応えるために、さび面に直接塗れて、優れた防さび性能も発揮する塗料を腐食に関する基礎研究に従事している株式会社京都マテリアルズ 代表取締役の山下正人さん(大阪大学招聘教授)と開発することを決意、23年1月に本格的な開発に踏み切ることにしました。
逆転の発想で塩害環境から鋼構造物を守る
金属の腐食を防ぐには、腐食の因子となる塩分・酸素・水分と金属表面を遮断する表面処理が必要で、その一つが塗装による環境遮断です。一方で、水蒸気の透過を完全に遮断することは現在の塗膜構造上では難しいため、経時で透過してきた水蒸気に特殊顔料が溶け出して、樹脂と疑似的に結びつき、緊密な塗膜になることで塩分と酸素の透過をさらに抑制するという、水分をむしろ有効活用する逆転の発想を形にすることを目指しました。これが「ダンジオーラ」の高遮断メカニズムです。
また、さび面に塗れる技術については、共同開発先と繰り返し意見交換を行いました。「さびには、さまざまな種類が存在し、金属の腐食を抑制する効果のある“良いさび”と、腐食反応を促進する“悪いさび”があります。通常の環境ですと、悪いさびになってしまうため、意図的に良いさびに転換することが必要です。腐食は電気化学反応によって固体材料が変質破壊される現象です。よって、良いさびの条件は電気を通しにくいこと ―― つまり、腐食反応自体を止めることが可能で、状態の変化が起こりにくいことが挙げられます」と開発担当者は説明します。


さびのメカニズムを解明し、技術の確立を目指す
「例えば、2000年前の鉄でも極まれに形がきれいに残っているものもあります。そういうところに着目して、どのような物質が存在すれば良いさびになる可能性が高いのか、物質の特定とメカニズムを共同開発先と一緒になって解明していきました。そして、良いさびの状態を塗料で再現できないかと考えました。」しかし、こうした基盤技術が明らかになっても、それを塗料に反映する難しさがありました。塩水を噴霧する機械や腐食劣化促進試験装置を使った検証のほか、経年劣化を実際の屋外環境で観察する曝露試験などを7サイクルほど繰り返して、その結果を共同研究先にも共有しました。こうした検証を重ね、製品の設計を何度も見直してようやく理想としていた「さび転換技術」を確立することができました。



乾燥時間短縮により工期とコストを削減
従来の下塗り塗料は、夏場は乾きやすく常温乾燥できますが、冬場は乾きにくく、特に寒冷地での工期の長期化にもつながっていました。「本当に欲しい機能を模索する中で、通年での乾燥性能は欠かせないと考えました」と開発担当者は語ります。しかし、低温環境での硬化を考慮すると、今度は夏場に常温乾燥しにくくなるといった二律背反の課題が発生しました。「営業担当者の協力も得ながら情報収集を行い、さまざまなテストを実施しました。例えば−5℃の部屋で塗装実験をしたり、夏場に特に熱くなる屋根で塗装の試験をしたりして、改良を重ねました。」こうした検証実験を得て、「ダンジオーラ」は季節に関係なく通年で使用でき、かつ重ね塗りのための乾燥時間も極力短くするなど、幅広い環境でお使いいただける設計を実現しました。「低温硬化性に優れているため、−5℃の環境でも乾燥が進み、工期短縮やコスト削減にも貢献できます。まさに現場思いの塗料といえます」と営業担当者はその優位性を強調します。


薄膜でも高性能。環境負荷の低減にも貢献
一般的に塩害環境で塗装する場合は、腐食因子を遮断するべく、4工程の塗り作業(下塗り2回、中塗り1回、上塗り1回)を実施しますが、当社の「ダンジオーラE下塗」は高い遮断性を有しているため、下塗り1回で2回塗りと同等以上の性能を発揮します。そのため、従来120μm(1μm=1/1000mm)の膜厚を必要とした下塗りを半分にすることができ、薄膜化に成功しました。さらに、上塗りを厚膜化することで中塗り工程も削減。これによりトータルの膜厚が薄くなり、工程や工期の削減に加えて、塗料の使用量削減も実現し、環境負荷の低減にもつながります。「想定よりも工程数の削減と薄膜化を実現できたため、開発チームには物性データを急遽取得するのに尽力してもらいました。発売の約2か月前に販促資料や動画も修正し、無事発売に間に合わせることができました」とマーケティング担当者は振り返ります。



国指定重要文化財の若戸大橋に採用
2025年1月、「ダンジオーラ」は国指定重要文化財の若戸大橋(北九州市)の補修工事にも採用されました。「若戸大橋のような橋梁は公共事業なので、決まった仕様を変えずに、塗膜の性能をさらに向上できる点が評価されました。また、真冬の施工でしたので、−5℃の環境でも塗装できるのは非常に喜ばれました」と営業担当者は語ります。若戸大橋は1962年にできた橋です。非常に古い橋のため、手がやっと入るような狭いところが多く、さび落としができないことが課題となっていました。常に潮風にさらされる環境で、管理が難しい状況であるものの、「さびに直接塗れる」特徴を最大限に発揮することができました。また、現場の作業員からは、「多機能なのに扱いやすい」「冬場でも乾きが早い」などの声も届きました。「若戸大橋は北九州市では目立つ物件ですので、その影響は大きく、営業提案するうえでも追い風になりました。メインの採用は『ダンジオーラE下塗』でしたが、一部で上塗りも採用されました。日頃から、さまざまな方のご協力があって営業活動が成り立っていることを実感していますが、やはり地図に載るような物件を獲得できたときに最もやりがいを感じます。今後も国に認められた技術として積極的にアピールしていきます。」

現場の声を製品に反映し続ける
「ダンジオーラ」は、現場の声と技術革新が詰まった塗料です。「これからも顧客志向での開発をモットーに、社内外のあらゆる声に耳を傾け、製品に反映しています」と開発担当者は語ります。「お客様が何に困っているのかを直接お聞きし、その課題を解決できるような製品を世の中に送り出せたときが嬉しい瞬間ですね。橋梁や工場・プラント設備の塗り替え現場において、扱いやすく、長寿命化に貢献するこの塗料が未来の文化財を守る一助となることを確信しています」とマーケティング担当者も力を込めました。今後も現場の声を真摯に受け止めながら、より良い製品をお届けしていきます。