- グローバル
- 2026.03.10
継承と革新が生み出す ― 未来をひらく製品・技術 Vol.3 創業時からの技術の結晶。海洋生物の付着を抑制する新世代の船底防汚塗料「FASTAR」
船舶用塗料は、安全で経済的な航海のために重要な役割を果たしています。中でも船底部は、常に海水に浸漬しているため、海洋生物の付着など、極めて厳しい環境にさらされています。日本ペイントグループは、創業時から船舶塗料の開発に取り組んでおり、さまざまな課題解決に貢献してきました。歴史の中で培われた製品・技術を応用しながら、まったく新しい発想で革新的な技術を確立した最先端の船底防汚塗料「FASTAR(ファスター)」についてご紹介します。
船底防汚塗料の核となる製品・技術が次々と誕生
日本ペイントグループは1881年の創業時から船舶塗料を開発しており、現在に至るまで、海運業界の発展と海洋環境の保全に貢献するさまざまな塗料を市場に提供し続けています。
1990年発売の「ECOLOFLEX(エコロフレックス)」は、船底塗料に使用されていた有機錫による海洋汚染が顕在化したことを受け、あらゆる船舶への塗り替えが可能な製品を目指して、いち早く市場投入した世界初の錫フリー加水分解型船底塗料です。2008年発売の「LF-Sea(エルエフシー)」には、従来以上の低燃費を実現する独自技術「HydroSmoothXT™(ハイドロスムーズ エックスティー)」を導入し、2013年にはその技術をさらに進化させた「A-LF-Sea」をリリース。両塗料は航行の際の流水摩擦抵抗の低減により燃料消費を抑制し、さらなるCO2排出量の削減に貢献してきました。「HydroSmoothXT™(ウォータートラッピング技術)」とは、海水との親和性があるヒドロゲルを配合することにより、塗膜表面の凹部に海水の層(ウォータートラッピングレイヤー)を形成し、海水が平滑な表面を流れるように挙動する状態をつくる技術です。この技術を駆使することで、摩擦抵抗を低減し、船舶の航行燃費を削減します。日本ペイントグループが高速で泳ぐマグロの体表面などからヒントを得て独自開発した世界初の技術で、2019年には環境省の「地球温暖化防止活動環境大臣表彰」を受賞しました。
環境意識の高まりを受けて、2017年に発売した「AQUATERRAS(アクアテラス)」も注目を集めています。防汚剤を使用せずに、フジツボなどの海洋生物が船底に付着することを抑制する自己研磨型の船底塗料で、海洋環境への負荷低減に資する製品として、近年問い合わせが増加しています。
このような技術の進化を重ねる中で、2021年に新たに誕生したのが「FASTAR」です。「親水疎水ナノドメイン構造」を基軸とした画期的な防汚剤制御技術が組み込まれた新世代の船底防汚塗料であり、「HydroSmoothXT™」と組み合わせることで、低燃費効果をさらに高めることが可能となっています。
厳しい海洋環境での航行には、頭を悩ませる課題があった
船底にはフジツボや海藻類などのさまざまな海洋生物が付着します。生物が付着すると、生物の凹凸形状が船底表面に加わることとなり、船底の表面粗度が著しく増加してしまいます。これにより、航行時の海水の摩擦抵抗は大きくなり、船速の低下や燃費の悪化を招きます。付着が進むほど同じ距離を航行するのに必要な燃料が増え、輸送コストやCO2排出量の増加につながります。また、船底のメンテナンス時に除去の手間もかかってしまいます。さらに、船舶の接岸時などに非常に大きな衝撃を受けるため、船底塗膜の強度向上との両立を図ることも重要なミッションです。
船舶による輸送は、航空機や自動車による輸送と比べてCO2排出量が少なく、環境にやさしい輸送手段といえます。海運業界全体として、より環境に配慮した輸送を実現することも目指しています。日本ペイントグループは、このような課題の解決を目指して、長年にわたって開発を続けてきました。


掲げたコンセプトは「もっと速く、もっとクリーンに」
「FASTAR」の開発にあたっては、コンセプトの明確化も重要な要素でした。これまで、営業部門や塗装現場の技術サービス部門を通じて、お客様がより強靭な塗膜を求めているという声が開発部門に寄せられていました。そのご要望に応えるのはもちろんのこと、塗膜強度を高めたうえで、さらに優れた防汚性と低燃費・高速航行性の実現を目指すことにしました。従来技術の限界を超えて、あくまで理想を追求しようと掲げたコンセプトは「もっと速く、もっとクリーンに」。ここから、開発者たちの挑戦が始まりました。
塗膜強度を高める設計技術は早期に見出された一方で、防汚性向上との両立にハードルがありました。それまでは塗膜内部の均質性を高めることで性能向上を図ってきましたが、革新的な進歩を得るには、その延長線上から脱却した方が良いと考えました。これまでは、海洋生物からヒントを得て着想を転換してきましたが、着眼点をさらに拡げ、私たち人間を含む生体の表皮からも学びが得られないかという発想に至りました。表皮は破れにくく柔軟であり、最表面が更新されながら、外敵の侵入防止や内層の乾燥防止などの役割を果たしています。最表面には、皮脂腺や汗腺などを通じて表面保護に役立つ物質が供給されています。私たちは、この巧みな仕組みを模した塗膜構造を形成することにより、新たなブレークスルーを見出しました。



現場の課題を念頭に置き、従来とは一線を画す独自技術を確立
試行錯誤を経て誕生した「親水疎水ナノドメイン構造」は、従来の船底塗料とは一線を画す独自の技術です。防汚剤を含む船底塗料の防汚性は、塗膜に含まれる防汚成分が塗膜表面に拡散することで機能しますが、従来の塗料では、その拡散の緻密さに限界がありました。それに対して、「FASTAR」の「親水疎水ナノドメイン構造」は、効率的で均一な防汚成分の拡散を可能にしています。この構造と機構こそが「FASTAR」固有のものです。従来よりも少ない溶出量で長期にわたり防汚性を発揮し、防汚剤使用量を最大50%削減することができます。さらに、塗装膜厚自体も薄膜化され、塗装時間の短縮のほか、塗装作業時におけるダストや臭気が軽減され、「親水疎水ナノドメイン構造」によって塗膜の強度向上も実現しています。
「FASTAR」の開発にあたっては、営業・技術サービス部門から日々届けられる塗装現場の課題を念頭に置き、樹脂をはじめとする製品設計を根本から変えています。このことが功を奏し、最先端の船底防汚塗料「FASTAR」はついに完成を迎えました。
防汚メカニズム

防汚剤が塗膜の自己研磨(ポリッシング)作用によって、海水と接触し、防汚成分が溶出することで防汚性能を発揮。ポリッシング作用により防汚性能が安定的に維持される。運行条件に合わせた膜厚設定が必要となる
独自の「親水・疎水ナノドメイン構造」によって、防汚成分が効果的に拡散され、塗膜の全面に防汚効果を付与。従来塗料に比べ、薄い膜厚で防汚性能を維持することができる
表面付近の防汚成分が減少すると、親水ドメインが防汚成分を塗膜表層に拡散させ、疎水ドメインが防汚成分を長期的に保持する。これによって、さらに安定的に防汚性能を発揮させることができる
世界中の海洋環境を視野にとらえた挑戦を続ける
温暖化に伴う海水温度の上昇により、海洋生物の活動は今後ますます活発化すると予想されます。現在の技術では対応しきれない船底への付着が発生する可能性も十分に考えられるため、船底防汚塗料の技術革新への取り組みは必須といえるでしょう。「親水疎水ナノドメイン構造」を用いた塗料設計は、多様な気候変動シナリオに応用可能で、今後のさらなる飛躍につながる基盤技術です。
現在も、お客様の声を営業や塗装現場の技術サービス部門から、開発部門に届ける取り組みを続けており、採用船舶の航行実績データの解析を元に、新たな製品開発を行っています。技術継承を進めている若手からも、「もっと薄膜にするためには」「もっと耐久性を高められるのではないか」と、盛んに声が挙がっています。見据える市場はあくまでグローバル。世界の船舶と航路、海洋環境を視野にとらえた挑戦は、これからも続いていきます。


