- グローバル
- 2026.06.10
開発ストーリー:発想の転換が突破口に。電力インフラを守る鳥害対策絶縁塗料「ミゼロン絶縁」開発秘話
電気や交通といったインフラは、普段当たり前に利用しているため、その価値を深く考えることは少ないかもしれません。しかし、事故やトラブルが起きると暮らしに大きな影響を与えます。例えば、停電を引き起こす電気事故にはさまざまな要因がありますが、その一つが鳥害です。送電鉄塔に鳥が枝や金属製ハンガーなどを運んで巣をつくるため、ショートが発生してしまうのです。従来の対策とは異なる方法で、この課題を解決に導いた製品の開発秘話をご紹介します。
排除から共存へ。停電リスクを抑える絶縁塗料を開発
鳥害対策絶縁塗料「ミゼロン絶縁」の開発は営業現場での何気ない会話から始まりました。日本ペイントグループの工業用・建築用塗料の製造・販売を行うエーエスペイント株式会社で展開している「ミゼロン」は、橋梁やプラントを腐食環境から守る防食・絶縁塗料です。営業担当者は、40年ほど前から販売している「ミゼロン」をもっと社会のために活用できないかと考えていました。そのような中、電力会社から聞いたのが送電鉄塔における鳥害の問題。鉄塔に鳥類が営巣すると、金属製ハンガーなどの巣材や鳥の接触などによりショートが起き、大規模停電を引き起こす原因となります。鳥害は電力インフラ業界にとって長年の課題となっていました。
鳥に巣をつくらせないようにする対策には、針山の設置や巡回点検などがこれまでにもありました。一方で十分な効果を得られていませんでした。また、これらの鳥害対策のためには年間、数億円の費用が必要です。そこで、私たちは発想を変えました。「巣をつくられても事故が起きないよう、設備自体を絶縁してしまえばいい。鳥に巣をつくらせないのではなく、巣をつくられても事故が起きない環境をつくる。」この発想の転換が、のちに数万ボルトもの電圧に耐えうる塗料の開発へとつながりました。
- 送電鉄塔とは
- 送電線を支えるものを送電鉄塔といいます。送電線は発電所と変電所、または変電所同士の間に電気を送る役割を担っています。送電鉄塔は発電した電気を消費者へ送るために欠かせないものです。

数万ボルトという未知の壁 ― そして、引き算が生んだブレイクスルー
送電鉄塔を通過する電気は高電圧のため、既存の「ミゼロン」では絶縁性が十分ではありません。さらなる性能向上を目指して開発が動き出したのは2013年の頃です。そこからは困難の連続でした。まず求められたのは、想像をはるかに超える数万ボルトもの電圧に耐えること。ただ、当時の社内にはノウハウも高電圧を測定する装置もありませんでした。そこで、ベースとなる「ミゼロン」の組成を見直すと、絶縁性をより向上させるヒントが見つかりました。塗料に色を付けるための無機顔料が電気を通しやすい金属由来であり、絶縁性能を低下させることが判明したのです。そこで別の顔料を選んだうえで分量や濃度、樹脂との配合バランスを調整。金属由来の成分を徹底的に取り除き、絶縁性能を極限まで高めました。対応にあたっては、社内にある機器を駆使して高電圧での性能を推測するなど、手探りで測定データを積み上げる日々が続きました。「顔料を変更して試験装置にかけると、数値が飛躍的に向上して、盛り上がったことを覚えています」と開発担当者は振り返ります。インフラを守る本質的な機能を優先した結果、絶縁性を向上させた「ミゼロン絶縁」は黒色からクリーム色に。「絶縁性能を妨げる要因を突き止めるまでには時間がかかりましたが、関係者の皆さんのご協力のおかげでここまでたどり着きました」と営業担当者は語ります。


強靭にして、しなやか。1.5mmの厚みで電力インフラを守る
「ミゼロン絶縁」のもう一つの特徴は1.5mmの厚さです。一般的な塗料の厚さは約30〜40μm(0.03〜0.04mm)程度。3回塗り重ねても100μm(0.1mm)ほどで、ちょうどお札や髪の毛1本と同じくらいの厚みです。「ミゼロン絶縁」はその15倍にもなる厚膜を形成する特殊な塗料ですが、厚みがあればあるほど、ひび割れしやすいという新たな課題が発生します。そこで、ポリウレタンエラストマーと呼ばれる、ゴムのような弾力性と硬質プラスチックの強度を併せ持つ高分子材料の特徴を生かすことで、厚膜でありながら、ひび割れしにくい柔軟性を両立させました。強くてしなやかな塗料は粘り気が強く、塗るのにも一苦労します。スプレーや刷毛ではなく、左官のようにヘラで塗り進める施工スタイルです。一方で粘り気が強いという特徴は、鉄塔に塗装する高所作業でも、塗料が飛び散らない付加価値となり、結果として施工の安全性にも寄与することになりました。



日本中のインフラをより安全で、より強く進化させていく
「ミゼロン絶縁」は実証実験を経て、2018年から採用に至っています。現在は送電鉄塔だけでなく、JR九州においては九州新幹線の一部の駅に採用されています。車両を動かすためには架線に高圧の電流を流す必要がありますが、営巣が原因の停電やダイヤの乱れがしばしば起こっています。現場からは、「導入前に比べて、電気ショート事故の発生が大きく抑えられた」という嬉しい声も届いています。
開発担当者は「日頃から基礎研究の積み重ねと、あらゆる観点から物事を考察することを大切にしてきました。課題が発生した際も蓄積したデータを参照し、原因を考え抜けば、解決の糸口をより早く見つけ出すことができる。まさにそれを体現した事例です」と言葉に力を込めました。「自分たちのつくったものが、目に見える形で社会の役に立っていることが一番のやりがい」と営業担当者も話します。エーエスペイント株式会社では現在も、この技術を全国の電力・鉄道インフラへ広げるべく、提案を続けています。九州で生まれた「ミゼロン絶縁」が、日本中のインフラをより安全で、より強く進化させる未来はすぐそばまで来ています。


