堅実なアセットを積み上げ、アセットの潜在力を最大限に引き出す
当社は「中期経営計画(2021-2023年度)」の期間中、原材料価格の急騰への対応や中国における引当金の計上、トルコにおける超インフレ会計の適用を余儀なくされるなど、非常に厳しい経営環境に見舞われたものの、激変する環境下でも機動的に対応することで、毎年期初に打ち立てたガイダンスをほぼ確実に達成してきました。これは、各アセットが有する市況に左右されにくい「事業モデル」と「稼ぐ力」が上手く機能したことが大きな要因です。つまり、設備投資の負担の低い業界特性を生かしながら、根強い市場需要を取り込み、不断のコスト抑制策や製品値上げの実施などと併せてキャッシュを創出し、各地域で市場シェアを維持・拡大することができた結果ということです。
このような過去3年間にわたる実績は、各アセットレベルではさまざまな事象が起こり得るものの、広範な事業ポートフォリオ全体では着実に結果を創出できる力があることの証左です。すなわち、安定してキャッシュを創出することができるアセットの集合体としての「安全性」が当社には備わっており、当社の経営モデル「アセット・アセンブラー」の特長となっています。当社は、M&Aという言葉が持つ派手さや華々しい響きとは裏腹に、インオーガニックにはキャッシュを安定して生み出すことのできる堅実なアセットを積み上げていくことで、低リスクかつ持続的なEPSの積み上げを目指しています。オーガニックには、そうした堅実なアセットを率いる優秀な経営陣に対して自律性とアカウンタビリティを求めることで、アセットの潜在力を最大限に引き出しています。
こうしたオーガニック、インオーガニックの両面にわたって安全に「持続的なEPSの積み上げ」を目指していくのが、「アセット・アセンブラー」モデルの要諦です。
「アセット・アセンブラー」モデルに見る「慎重な経営姿勢とリスク回避志向」
「アセット・アセンブラー」モデルの根底にあるものとは何か?―それは、当社の経営姿勢としての「慎重さ」、あるいは「リスク回避志向」であると私は考えます。例えば、M&Aの選定に当たっては、リスクを徹底的に回避しながら慎重に検討を重ねるなど、常に「健全な警戒心」を持って判断しています。これらは、M&Aのアドバイザリー業務を手掛けてきた私の投資銀行員時代の思考や経験とも通じており、ウィー氏が持つ事業経験と私の資本市場の経験を互いに補完し合いながら、「MSV」という共通の理念のもとで常に判断することで、リスクとリターンのバランスを見極め、安全かつ継続的なEPS積み上げの追求を可能にしています。
また、堅実なアセットを見極める場面においても、相当な「慎重さ」を持って判断しています。特に優秀なCEOに対する見極めにおいては、経営者としてこれまで積み上げてきたトラックレコードを評価・分析することで、実績が十分に証明されたCEOに対してはより権限を与え、さらなる自律的な成長を促しています。例えば、2019年に当社グループ入りしたDuluxGroupは、パトリック・フーリハン氏がCEOに就任した2009年以降、上場企業としてEPSや株価を継続的に伸長させるとともに、市場シェアを一貫して拡大してきました。こうした優れた実績に加えて、経営陣のサクセッションプランも含めた体制が充実している点などを勘案しながら当社はM&Aを実行しました。単にCEO個人に対する「信頼」だけに重点を置いて判断しているわけではなく、ガバナンスベースで慎重に堅実なアセットを積み上げています。
リスクを回避しながら慎重な判断ができるのは、経営の判断軸が「MSV」という共通言語で統一され、かつそれが深いレベルにまで浸透しているからです。大株主、取締役、執行役の全員が「MSV」で一致団結できているため、高度かつ迅速な経営判断が可能となっています。そして何よりも、私が経営者として大事にしている「Integrity(誠実)」に溢れる経営者が集い、形式よりも実質を重んじながらオープンで活発なコミュニケーションができているからこそと確信しています。今後も引き続き、“Integrityある経営集団”として安全かつ継続的なEPS積み上げを追求していきます。
3年という枠にとらわれず、長期視点でノーリミットにMSVを追求
当社は2018年以降、オーガニック、インオーガニックにわたって売上・利益成長を加速し、経営上の唯一のミッションであるMSVの実現を一貫して追求してきており、2022年1月には株式の海外売出しのタイミングと併せて、MSV実現モデルである「アセット・アセンブラー」を対外的に打ち出しました。「アセット・アセンブラー」モデルの進化が加速する中、2022年は持株会社である当社から日本グループの支援機能を切り出して日本ペイントコーポレートソリューションズ(NPCS)を設立するなど、「小さな本社」を志向したタイミングでもあります。持株会社も含めて日本中心主義で凝り固まっていた従来の意識構造から脱して、日本グループも重要なプロフィット・センターの1つと見なしながら、持株会社自身も「小さな本社」を志向するには、さまざまな痛みやハレーションも伴いましたが、その危機感覚をグループ全体で共有しながら、いたずらに官僚組織を増やさない決意や認識を持つことができた点は、「中期経営計画(2021-2023年度)」期間中に成し遂げた成果の1つでした。
こうしたコーポレートアクションの延長で2024年4月に公表した「中期経営方針」では、「アセット・アセンブラー」の強みを改めて整理し、オーガニックとインオーガニックにわたる「持続的なEPSの積み上げ(Sustainable EPS Compounding)」に焦点を当てました。そして、2023年の事業ポートフォリオ(カザフスタン・インド2事業を含む)を前提とした中期連結CAGRとして、売上収益で8~9%の成長、EPSで10~12%の成長を目指していくガイダンスを掲げました。各アセットレベルでは引き続き3~4年の中期経営計画を策定・実行する一方、3年後の目標数字をグループ連結で一律に設定することをあえてしなかったのは、当社のポートフォリオにおける潜在成長力への理解を資本市場の皆様に深めてもらいたいと考えるのと同時に、ある意味で上限のない、安全かつ継続的なM&AによるEPS積み上げのアップサイドは、数値化するには困難であるからです。インオーガニックには、ローリスク・グッドリターンであれば、地域・事業・規模を問うことなく、ノーリミットでEPSを積み上げていきたい考えであることから、毎年毎年が勝負であるとして短期でもしっかりと業績を上げながら、3年と期間を区切らず、長期視点でMSVの実現を目指していくという意志の表れでもあります。
「EPSコンパウンダー」として、資本市場からの認知や期待値を向上
当社はなぜ、「当期利益の最大化」ではなく、「EPSの最大化」にこだわるのか?―その理由は、EPSの希薄化につながるような新株発行を実施すれば、たとえ当期利益を拡大したとしても株主価値の減失につながりかねないからです。当社はこのように、非常に安全性の高いEPSを継続的に積み上げていく「EPSコンパウンダー(EPS Compounder)」として資本市場に認知され、「持続的なEPSの積み上げ」に対する資本市場からの期待値を向上させることによって、「PERの最大化」につなげていきます。
近年、EPSこそ順調に積み上がってきているものの、株価はなかなか上がってこない状況下、当社は中国リスクに対する市場不安に加えて、オーガニックでの当社の潜在成長力が資本市場で過小評価されている、追加の安全なEPS積み上げにつながるM&Aの実現可能性についても十分な確信を得られていない、と分析しています。「PERの最大化」に向けては、当社経営モデルや実績、現在のポートフォリオにおける将来性などの理解を促進させていくとともに、当社が今後実践していくM&AによるEPS積み上げの確からしさについて安心感を持ってもらうことが重要と考え、実績の積み上げと同時に対話機会の拡充や開示資料の充実などと併せて、丁寧に取り組んでいく計画です。
最高クラスの人材に活躍を促す「自律・分散型経営」
当社は「アセット・アセンブラー」モデルのもと、各パートナー会社に自律的な成長を促す「自律・分散型経営」を推進しています。そこで重要な考え方は、最高クラス(best in class)の人材に活躍してもらう人材マネジメントです。当社は、持株会社として中央集権的に国内外のパートナー会社へ指示・管理するよりも、各地域・事業の市場の特徴や需要を深く理解した優秀なCEOに権限を委譲して、自律的な成長を促す方がMSVに寄与しやすいと考えています。各パートナー会社が「アセット・アセンブラー」モデルというプラットフォームを生かし、グループが有する資金力や技術力、ブランド力、販売網、購買力などの経営リソースを主体的に取り入れ、時にパートナー会社同士で自発的に学び合いながら、さらなる成長を目指していく一方、持株会社としての当社は「小さな本社」としての役割や機能を維持・徹底しながら、独自のプラットフォームを各パートナー会社に惜しみなく提供することで、優秀なCEOに活躍を促し、アセットの潜在力を最大限に引き出していきます。
例えば、かつて上場企業であったDuluxGroupのサステナビリティ、特に環境や安全に対する考え方は先進的であり、グループ全体で参考にすべき事例を豊富に有することから、日本の当社において必要以上にサステナビリティ人材を補強・強化することはせず、DuluxGroupのエキスパートを「環境&安全」チームのグローバルリーダーに抜擢し、各地域・市場の法規制や社会慣習に応じたサステナビリティを推進する体制を構築・推進しています。グループ内の優秀な人材を率先して生かすことで、当社グループにおけるサステナビリティの実利的な議論や取り組みを加速させています。
当社が「小さな本社」として各パートナー会社に権限を与え、優秀なCEOにさらなる活躍を促す人材マネジメントは、DuluxGroupやBetek Boyaをはじめ、各パートナー会社のCEOを実際に惹き付ける「求心力」にもなっています。また、各パートナー会社の優秀なCEOに当社グループが有するプラットフォームの優位性を真に実感してもらうことで、CEO自らが当社グループに加入することで得られるメリットを率先して社内外へ伝えてくれる役割を担ってくれています。それらは実体験を伴った生きた言葉として強い説得力を持つことから、将来の潜在的なパートナー会社候補へと評価が伝播していくことになります。グローバルなM&A市場においては、日本企業が買い手の主体となることへの安心感や信頼感が根強く、「NIPPON」ブランドを背負うことはM&Aにおいてプラスに作用しているとも実感しており、こうしたメリットも併せて活用しながら、優秀で堅実なアセットを積み上げていきます。
「自律・分散型経営」の優位性を生かしたサステナビリティを推進
「アセット・アセンブラー」としての考え方が進化する中、サステナビリティはMSV実現のための前提条件であり、それ自体を目的化するものではないことは、2023年3月の取締役会で決議・公表した「サステナビリティ基本方針」にも明記した通り、当社の共通認識としてグループ全体で徹底しています。一方で、社会が企業に対して求めるサステナビリティ関連の要求事項は常に変化しており、中にはEPSやPERへの影響が懸念される内容も少なくないことから、当社グループ全体で常にアンテナを高く張っています。例えば、カーボンニュートラルへの対応や調達活動におけるCO2排出量(スコープ3)の測定は、今まさに社会や顧客から要求されている具体的事項の1つです。仮に対応を誤れば、社会からの信用低下や顧客離れを招いて売上減少にも直結しかねない一方、社会や顧客ニーズの変化を的確に捉えて迅速な対応ができれば、新たなイノベーションや収益機会を創出するための千載一遇のチャンスとなり、MSV実現を目指す上で極めて重要な意味を持ちます。
「アセット・アセンブラー」としてのサステナビリティ戦略は、「自律・分散型経営」のもと、各国・地域の社会や顧客のニーズを熟知する各パートナー会社が主導しています。各社はMSV実現に向けた独自のサステナビリティ戦略や指標を策定し、ロードマップを作成しながら、ビジネスに即した取り組みを進めています。そうした中、社会や顧客からの要請に基づき連結ベースで情報収集や開示が必要な分野については、「小さな本社」である当社が積極的な対応を進めていく一方、パートナー会社に対して一律にサステナビリティ目標を設定するわけではありません。例えば、ダイバーシティへの取り組みを積極的に進めるDuluxGroupは、10年前の女性幹部職比率が18%であったのに対し、現在では30%超に上昇しています。これはDuluxGroupが拠点を置く豪州においてダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が深く浸透してきた文化的・社会的背景に加え、経営幹部自身の意識改革と併せて女性の採用や幹部職への登用が進んだ結果です。こうしたさまざまな背景や事情を抜きにしてグループ内で数値の高低を議論したり、グループ一律に目標数値を定めたりはしません。「自律・分散型経営」の優位性を生かし、各サステナビリティ・チームがそれぞれの分野を主導する中で、効果の出ている有効な手法やノウハウ、経験などをグループ間で共有し合いながら、顧客・社会などのステークホルダーからの期待に応え、MSVの実現を目指していきます。
プラットフォームの潜在成長力を引き出し、株主価値の創造を上限なく追求
このように、株主価値の創造はある意味で上限なく追求することが可能と考えています。当社はプラットフォームの優位性を生かし、短期的にはもちろん、長期的に「EPSの最大化」を追求していく方針です。その上で、非常に安全性の高いEPSを継続的に積み上げていく「EPSコンパウンダー」として資本市場に認知され、「持続的なEPSの積み上げ」に対する資本市場からの期待値を向上させることによって、「PERの最大化」へと着実に結び付けながら、長期視点でMSVの実現を目指していきます。
投資家の皆様との積極的なコミュニケーションを通じてMSVの実現を図っていきますので、今後ともぜひご期待ください。