「アセット・アセンブラー」モデルの実践を通じた成長機会の確保
2019年に当社グループに加わったDuluxGroupは、「アセット・アセンブラー」モデルの実践による好事例と言えるものです。
成熟した豪州市場のマーケットリーダーであるDuluxGroupは、当社グループ入り後にいっそうの高い成長を果たし、現在では連結売上収益の25%を占めるほどの貢献をしています。DuluxGroupが独立企業として豪州証券取引所(ASX)に上場していた9年間に手掛けたボルトオン買収(既存事業の補完・強化を目的とする買収)が9件だったのに対して、当社グループに入ってからは既に30件以上のボルトオン買収を実行に移しており、実に8週間に1件のペースで買収を繰り返してきた計算となります。
当時、DuluxGroupの経営陣に現在の「アセット・アセンブラー」モデルの基本理念を伝えたところ、当社グループが有する財務力などの経営リソースを活用しながら自律性を維持するメリットをすぐに理解するとともに、今後訪れる成長可能性を実現するチャンスに歓喜し、それを実際に過去4年間で実現してきました。DuluxGroupは当社グループに入った後、当社の後ろ盾を背景にして豪州とニュージーランドで事業拡大を進め、中核事業である塗料・コーティング事業で成長を果たすとともに、SAF(密封剤、接着剤、充填剤)や家庭用クリーニング、ガーデニングなどの分野で一連のボルトオン買収を繰り返し、主要顧客や消費者に向けた製品提供力を大幅に強化してきました。
DuluxGroupはまた、主軸とする家庭用市場以外にも、2022~2023年にCromology、JUB、NPTを相次いで買収するなど、比較的小規模ながら重要な足掛かりを構築しつつ、欧州建築用塗料市場でプレゼンスを大きく高めることに成功しました。欧州チームとDuluxGroupのチームは互いに協力し合いながら、成長をさらに加速するべく、新たな洞察と独自のアイデアで市場の活性化に取り組んでいます。
欧州事業の収益性改善に期待感を持てるのは、欧州チームに対する信頼だけでなく、成熟市場において高い収益成長を実現してきたDuluxGroupの実績に安心感を持っているためです。DuluxGroupは豪州の建築用塗料市場で過去30年以上にわたって、新たな施策を実行しながら毎年1%ずつシェアを拡大する一方、それまで歴史的に低迷状態にあったプロ向け分野を活性化してきました。収益性の改善は一朝一夕に実現できるわけでなく、戦術を柔軟に試行錯誤することが必要になるものの、欧州事業に携わる全従業員が将来の成長に自信を深めています。
自律性の追求を通じたグループ連携による相互価値の創造
当社は、パートナー会社の自律性を尊重しながら、グループ連携を通じた相互価値の創造を可能とする成長環境の醸成に向けた戦略的アプローチを実践してきました。「自律・分散型経営」においてパートナー会社は、自社の成長戦略は自らが決定することを基本としており、本社である当社がパートナー会社に対して成長に向けたグループ連携を求めることはありません。パートナー会社の経営陣は、各社の視点から経済的合理性があると判断した場合にのみ、「アセット・アセンブラー」というプラットフォームの傘下にある全てのパートナー会社が保有している能力を最大限に活用しながら、地域・事業の枠組みを越えて連携し、オーガニックな成長を推進していきます。どこで、何を、どのように連携するかの決定は各パートナー会社に委ねられており、こうした連携から経済的な利益を得られるかどうかは、「自律・分散型経営」を実践する各経営陣のビジネス感覚と実行能力の有効性にかかっています。
パートナー会社間の連携を通じた市場拡大の事例の1つとして、SAF事業の成長と、SAFブランド「Selleys」がアジアで実現した成長力があります。当社はDuluxGroupの買収を通じて「Selleys」ブランドを取り込んだものの、当初は小売市場で強い存在感を示しているだけで、工業分野にはあまり重点が置かれておらず、豪州・ニュージーランド以外の地域での存在感は極めて希薄でした。DuluxGroupとNIPSEAグループの各リーダーは「Selleys」ブランドが持つ潜在力を理解しており、NIPSEAグループが有するアジア全域にわたる広範な流通ネットワークと「Selleys」のブランド力、製品提供力を組み合わせることで、新たな価値創造が可能になると判断しました。こうした連携はさらに、NIPSEAグループのSAF部門を強化する起爆剤にもなり、2021年にはマレーシアでSAF製品を製造・販売するVital Technicalの買収へとつながりました。DuluxGroupとVital Technicalが持つ市場洞察力を統合し、強みを結集することで、当社グループはアジアにおけるSAF事業のプレゼンス拡大を成功に導いています。
2つ目の事例としては、米国のDunn-Edwardsの売上構成のうち、ブラシやサンドペーパーといったツールやアクセサリーの割合が約20%に達していることに着目したことをきっかけとしています。特にアジアにおけるサプライチェーンに関する知識を活用しながら、米国で実現できたことをアジアでも再現できるか検討を続けています。高品質で費用対効果の高い製品を調達できる能力を生かしながら、NIPSEAグループ全体でツールとアクセサリーの売上比率を高めるべく、事業構築を進めています。
こうしたグループ連携によって成長を目指すアプローチは、増加するパートナー会社を財務規律の徹底を通じてまとめ上げる「自律・分散型経営」のプラットフォームを通じて、「アセット・アセンブラー」としての「持続的なEPSの積み上げ」を支えています。
サステナビリティの鍵~人材、能力、組織の敏捷性
当社グループはサステナビリティと長期的な成長に向けて、「人材」「能力」「組織の敏捷性」に重点を置いています。従業員の幸福(Well-being)と成長を優先しながら、敏捷な組織構造を育み、革新的な施策を推進することでEPSを積み上げ、相互価値の創造を推進しています。将来の潜在的なパートナー会社の見極めに当たっては、対象企業の経営陣の資質を最優先にしています。当社グループに加わり、従業員の質を高め、導き、次世代リーダーを育成することができる極めて優秀な経営陣がいることで、当社グループの成長戦略が前進するからです。
一貫して優れた業績を挙げ続けてきたという実績も、優秀さを見極めるポイントの1つとなります。成功の背景を掘り下げて理解することで、経営陣に対する評価がさらに明確になります。潜在的なパートナー会社候補とその経営陣に可能な限り早い段階から関わることで、さらなる洞察が得られ、単なる直感を越えた評価が可能になります。経営陣の評価に完璧な公式はなく、その時々の判断に委ねられますが、時間の経過とともに評価の精度は向上していくと信じています。
既存のパートナー会社においては、定期的な能力評価やキャリア開発、複数の階層における後継者育成などを徹底することで、経営陣の活力を維持しています。各パートナー会社は独自の人材発掘や育成計画に取り組んでいますが、特定の人材についてはパートナー会社間で登用できる柔軟な体制を確保しており、結果としてグループ全体における人材基盤のさらなる充実につながっています。当社グループとして事業効率を高め、人材の活躍を促すことは、人材市場での地位向上につながります。人材は非常に重要であることから、私たち共同社長は、株主の皆様と従業員に向けて長期的なサステナビリティと活力を確保する義務と責任を共同で負っています。
当社は、組織は静的なものではなく、動的なものであり、利用可能な人材基盤と事業上の必要性に応じて常に変化すべきことを認識した上で、組織の敏捷性の維持に努めています。組織の欠員に合わせて人材を補充するだけでなく、利用可能な人材の意欲や志向、その時々の課題に応じて柔軟に対応することを心掛けています。これは、後継者の確保に努めたとしても、実際には計画通りに進まないケースが多い実態を踏まえ、組織構造が硬直化しないよう留意する必要があるからです。
日本グループは2023年、こうした組織の敏捷性を高める施策を実施しました。例えば、組織横断の樹脂センター設立やサプライチェーン・生産機能の再編、日本グループ全体を統括する役割を同時に担う経営陣の抜擢、フィルムや電気自動車(EV)などの新分野に重点を置く新たな組織やチームの結成など、さまざまな組織が誕生しました。これらの一連の施策を、「性急」「激しい」「圧倒的」と受け止める従業員は少なくないものの、経営陣がそれらの意図を丁寧に説明しながら、適切な方向へ導いていきます。
技術革新を通じた価値創造
「顧客の声(Voice of the Customer)」を重視することで、製品や技術、プロセスなどで新たなアイデアが次々と生まれ続けています。当社グループのさまざまな部門において、市場と当社自身に最大の価値をもたらす取り組みに技術・開発リソースを投入するべく、規律あるゲート・プロセス(gate processes)を導入しています。近年顧客からの要請が高まっている分野の1つである「カーボンニュートラル製品の開発」は、今後市場への導入ペースが急速に進展すると見込んでおり、向こう3年内にこうした環境配慮型製品を市場に提供していきたい考えです。
新たな事業機会を逃してしまうリスクへの対応については、事業リーダーや技術リーダーが国際フォーラムなどへ積極的に参加することで、顧客や市場に向けて通常のアプローチをしているだけでは見えてこない、新たなイノベーションを見出していきます。材料や新エネルギー、グリーン・テクノロジーなどの各種領域において、さまざまなフォーラムなどを通じて得られた知見は、製品への応用を視野に入れながら実験を繰り返しています。さらには、日本の東京大学、米国のマサチューセッツ工科大学、中国の清華大学などといった著名な研究機関とオープン・イノベーションを推進しています。当社の技術系人材、特に技術職に携わる従業員は、こうした研究者との交流を通じて、確実に知識と理解を深め、市場を驚かせるような技術革新を生み出してくれることを期待しています。ちょうど今年に入って世界各国の技術者が東京に集まり、「当社グループは部分の総和以上である(the Group is stronger than the sum of its parts)」との信念のもと、「LSI(活用・共有・統合)」の考え方で協力し合うことを確認・約束したばかりです。
規律あるキャッシュ・マネジメント
当社グループは、規律あるキャッシュ・マネジメントが事業効率と長期成長戦略の基本であることを認識しています。キャッシュ・フローを効果的に管理することで、流動性リスクを軽減し、投資機会を捉え、不安定な経済状況においてもレジリエンス(回復力)を維持することができます。規律あるキャッシュ・マネジメントは、当社が構築しようとしているEPS積み上げのためのプラットフォームに不可欠な要素です。そのプラットフォームにおいては、経営上の唯一のミッションである「株主価値最大化(MSV)」のもとで団結した優秀な経営陣が率いる自律的なパートナー会社が、お互いに選択的に連携し合いながら、新しいパートナー会社を随時グループに迎え入れていくことで、当社グループの一員としてのメリットを享受することが可能です。
さらに付言すれば、「持続的なEPSの積み上げ」には、従業員が効果的、効率的、安全に勤務し続けられるよう、施設やインフラへの継続的な投資を必要とします。そのため、資本支出を慎重に見極めながら、資産の有効活用を促進して、さらなる成長に向けてキャッシュ・フローを絞り出すことを、全てのリーダーに求めています。当社グループは十分な財務力を有しているものの、あらゆる業務レベルで規律あるキャッシュ・マネジメントに取り組むことによって、賢明な選択を委ねることができる次世代リーダーの継続的な輩出に向けた洞察力と判断力を養っています。
約束の一貫した履行を通じた「信頼」の獲得
投資家や株主の皆様からの「信頼」は獲得していくものであり、その「信頼」を獲得するための唯一の方法は、基本原則を厳守しながら成果を挙げ続けることです。経営上の唯一のミッションであるMSVの実現に全力を注ぐことで、「持続的なEPSの積み上げ」を目指していきます。当社グループの将来性に自信を持つ有能な従業員が主導する組織がこうした基本原則を順守すれば、投資家や株主の皆様からの「信頼」は確実に獲得できると、私は確信しています。