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真に株主価値最大化(MSV)を追求するコーポレート・ガバナンスに向けて
2021年の統合報告書では指名委員会委員長と、2022年には報酬委員会委員長と、昨年は監査委員会委員長との対談を通じ当社のガバナンスの変遷を示してきました。当社は、共同社長をはじめとする執行と、大株主(58.7%保有)であるウットラムグループと、独立社外取締役が過半数(67%)を占める取締役会が、当社唯一のミッションであるMSVという価値観・判断軸を共有したガバナンスを構築してきています。
今回は筆頭独立社外取締役の中村昌義(取締役議長)が、ウットラムグループの代表でもあるゴー・ハップジン取締役会長と当社のガバナンスの変遷を振り返り、当社のガバナンスの在り方についてご説明いたします。
1. ガバナンス改革を振り返って
中村 | ゴーさんは現在の取締役会の中で当社との関わりが最も長い取締役ですが、実際当社との関わりはいつからですか? |
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ゴー |
古い話ですが、私自身の日本ペイント※との関わりは1979年からです。ベトナム戦争終結(1975年)後の不安定な政情の中、日本ペイントが多角化の一環で米国カリフォルニアに設立した即席麺の会社に入社したのが始まりです。その後日本ペイントとの塗料JV(NIPSEA)に従事しその将来性を確信しました。 ウットラムグループの塗料事業への一本化の方向性を個人的に結論付けたのはその数年後の1982年頃のことでしょうか。当時のウットラムグループは不動産など多様なビジネスを展開しており、塗料はその中の一つに過ぎずそれほど儲かっていませんでした。しかし私はその将来性を確信し、塗料ビジネスへの一本化を提唱しつつ、1992年からの中国市場への進出を主導しました。その後1997年のアジア経済危機を経て、ウットラムグループは塗料ビジネスに収束するに至ります。 ※日本ペイント株式会社。その後、2014年に持株会社に移行し日本ペイントホールディングス株式会社(NPHD) |
中村 |
そうですか。でしたらゴーさん自身の日本ペイントとの関わりは45年を数えますね。その後中国での塗料ビジネスが発展したことから日本ペイントはNIPSEAの連結に向け40%から51%に持ち分変更を求め、結果としてウットラムグループは2014年にNPHDの株式39%を保有し、ゴーさんは取締役に就任されます。 その当時は米国等で語られていた所謂コーポレート・ガバナンスというコンセプトは、日本市場においてはまだ黎明期で、「上場会社は株主のもの」で「株主に対して会社の意思決定の透明性と公平性を確保する」という考え方が一般的でした。 |
ゴー | そもそも上場会社となると、会社が誰のものというのは無意味な概念だと私は思います。株主はある特定の権利を持つステークホルダーの一員にすぎない。ただしその権利のうち無限にバリューを求める権利が含まれています。 |
中村 | なるほど、まさにMSVの大前提ですね。ところで2014年当時の日本ペイントの取締役会の運営はどんな様子でしたか? |
ゴー | その頃の日本ペイントは、取締役会と経営陣は一体で、取締役会が株主の利益を代表するという意識はさほど高かったようには思われませんでした。その後日本ペイントはM&Aによる海外進出を試みて行きます。多くの買収案件が検討されましたが、いずれもあるビジネスセグメントでグローバルなプレゼンスを獲得することを志向するもので、EPSへの影響など財務的な点はほとんど考慮していないと見受けられました。その当時には、グローバル化を目指す企業にとっての買収目的は必ずしも株主価値の創造ではなく、日本ペイントも例外ではありませんでした。株主価値最大化が上場会社の唯一のミッションであるべきと考える私にとっては、ガバナンスの前提が異なっていたといえましょう。 |
中村 | なるほど、それらが2018年にウットラムグループが株主提案をする背景にあるわけですね。投資先として日本ペイントの39%の株式持ち分とNIPSEAの49%とインドネシアの塗料ビジネスPT Nipseaに集約したウットラムグループとしては、その資産価値を最大化するためには、将来のアジアビジネスの統合をにらみつつ、日本ペイントのガバナンス改革が不可欠と認識したのですね? |
ゴー |
その通りです。投資家にとっては「まず金儲け」、などと言っていた従来の考え方を整理し、MSVを上場会社のコーポレート・ガバナンスの根底にあるコンセプトとしました。その上でMSVに賛同する5人の独立社外取締役選任に向けた株主提案を実施、取締役の半数を独立社外取締役とし、私は会長に就任しました。 NPHDはその後、2019年にMSVに向けEPSのaccretionに重きを置いた数々の買収を実行するとともに、2020年にはガバナンス体制を指名委員会等設置会社へと移行しました。2021年初頭にはNIPSEAの49%およびインドネシアの塗料ビジネスであるPT Nipseaをウットラムグループから買収し、NPHDによるアジアビジネスの100%化を実現しました。結果としてウットラムグループのNPHDの株式持ち分は58.7%に引き上がりましたが、NPHDとウットラムグループの間での利益相反の状態を完全に解消することができました。 |
2. 新しいガバナンス体制の中での会長としての役割
中村 |
そうですね、ボードメンバーは決議に際しては都度MSVのコンセプトを確認して進みました。アジアビジネスの100%化はNPHDにとっても念願でしたが、この取引はウットラムグループとの利益が相反する取引でした。取締役会としては特別委員会を設置し慎重に審議を進め、EPS accretiveなMSVに資する取引として決議・実行することができました。 その後2021年には現在の共同社長体制に移行しましたが、ここでも取締役会は指名委員会での議論を受けMSVに向けて迅速に動くことができましたね。執行体制の変更は厳しい決断でしたがガバナンスはしっかりと働きました。就任後、共同社長はMSVの追求に向け「アセット・アセンブラー」モデルを提唱し、EPSの向上とPERの改善に邁進しています。 |
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ゴー | はい。他方大株主ウットラムグループの代表でありNPHDの取締役である私は、当社のMSVという唯一のミッションを構築・維持し、大局的な戦略の方向性の見極めに注力しています。既存ビジネスの成長戦略や買収戦略の策定及びそのファイナンスを含むタクティクスの立案、シニア人材の発掘・マネジメント、取り得るべきリスクの所在とその分析等についても、アイデアは出します。しかしそれらの実際の執行についてはあくまでも見守り助言する立場です。また買収案件等は長い間塗料ビジネスに関わり多くのグローバルプレーヤーと人間関係を持つ私にしばしば持ち込まれることもあります。 |
中村 | 日本ペイントの歴史を最も知りそのビジネスを深く理解しているゴーさんは、世界の塗料ビジネスとの関わり合いが最も長く深く、さらに世界の化学製造業の分野でのネットワークも持たれていますね。それらの経験と知見をもとに執行と取締役会にご自身の考え方、意見を多々提供しているが、決して押し付けない、命令しないスタンスなのですね。 |
ゴー | はい、その通りです。私は会長ですが、あくまで一取締役で決定権はない。が、私の立場で監視はしています。今後もMSVに資する買収にはターゲットの選定から資金調達を含む実行まで常に把握していきたいと考えています。また、買収した会社の経営陣についてもモチベーションの維持のため報酬等について厳しく見守っていきたいと思います。特に新しい市場や新しい分野に買収で進出を試みる場合は、より密接に関わりたいと考えています。また現執行部のサクセッションとモチベーションの維持に向けて、指名委員会と報酬委員会には一委員として引き続き貢献していきたいと考えています。 |
3. 今後のMSV追求に向けて
現在の少数株主の皆さんの
利益を最大化することが
MSVの追求においては不可欠なのです。
中村 |
若月・ウィーの共同社長はいわば二人でCEO、COO、CFOの三役を果たしていると言えますね。彼らは2021年春に就任以来、信用とアカウンタビリティに裏打ちされた「自律・分散型経営」をベースに既存ビジネスによるEPSの伸びと、低いファンディングコストのメリットを生かすローコストでグッドリターンを生み出す優良な買収によるEPSの積み上げの両輪でMSVを追求する「アセット・アセンブラー」モデルを提唱しています。とりわけインオーガニックな成長を実現するM&Aにおいては地域・事業・規模を問わない姿勢を示してきています。 ところで2018年以降当社は多くの買収を手掛けてきていますが、その資金は全て銀行借り入れによって実行されてきています。今後大型の買収を検討する上では銀行借り入れに加え、資本市場を含めたより柔軟な資金調達が求められると思います。大株主のウットラムグループとしてはどのようなお考えをお持ちですか? |
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ゴー | この点は今まで取締役会でのブレインストーミングにおいて何度かお話ししていますね。まずは当社のガバナンスの最大原則はMSVにあることが取締役会の共通認識であることを再度強調させてください。今後銀行借り入れに加え債券市場での調達、株式市場での調達が求められるような買収の機会が巡ってくるならば、NPHDの唯一のミッションであるMSVに資する取引である限りウットラムグループは大株主として強く支援します。株式発行によるウットラムグループ持ち分の希薄化(dilution)はその価値が上がる限りにおいては何ら問題ではなく、むしろ喜ばしいことなのです。さらに重要なことは、株式発行による資金調達を実現するためには現在の株主の皆さんのサポートが不可欠であること、言い換えるならば現在の少数株主の皆さんの利益を最大化することがMSVの追求においては不可欠なのです。 |
中村 | 2021年にウットラムグループは欧州の自動車用ビジネスと、インドの2事業(NPI、BNPA)の持ち分をNPHDから買い上げましたね。これらのビジネスはパフォーマンスが悪く当時の取締役会でも、都度その位置付けについて厳しい意見が交わされていました。この取引の背景についてお話しいただけますか? |
ゴー | ウットラムグループが買い取った欧州自動車用ビジネスは、元々日本ペイントが2013年に資本出資しその後に100%化したBollig & Kemper(B&K)です。B&Kとは2008年から中国上海において自動車用販売会社を設立し、欧州系自動車メーカーの中国法人を対象に販売拡大に共同で取り組んだのが始まりです。2013年以降は技術開発・生産・営業体制を整え中国ならびに欧州における欧州系自動車メーカーへのアクセスを増やし販路拡大を狙ったものでしたが、残念ながら競争の激しい欧州市場でパフォーマンスを上げることはかなわず、確固たるプレゼンスを構築するには至りませんでした。他方中国市場、中国および欧州系自動車メーカーへの足場を確保し、自動車用ビジネスをグローバルに展開するには、その存在は戦略的に不可欠と言えました。また、インドBergerとの自動車向けJV(BNPA)はその設立時からそのビジネスモデルにJV自身が利益を生み出す意識が欠如しておりJVパートナーおよび顧客との抜本的な関係の再構築が必要でした。また、主にインドにおける建築用塗料・自動車補修事業を担うNPIの飛躍にはマーケットシェアの向上に向けた思い切った販売促進策に打って出る必要がありました。 |
中村 | 2021年に共同社長体制になり彼らによる新たな目でNPHDのビジネス全体が再レビューされ、これら3つのビジネスについてはいずれも思い切った施策、リスクの高い施策の実行がMSVを追求する上では求められること、他方それは上場会社として一般株主にとって負う財務的なリスクの限界を超えるものであることも説明されました。 |
ゴー | 今までの経緯を知り、施策の困難さとリスクの高さ熟知し、他方戦略的な重要性を理解しているウットラムグループとしては、一般株主が許容する範囲を超えているが、NPHDがMSVを追求する上では価値ある施策であると評価しそのリスクを請け負うこととしました。取引実行に当たっては大株主との利益相反取引であることから私はNPHDの取締役会の審議・決議からは外れました。 |
中村 |
そうでしたね。この件の取締役会での議論にはゴーさんは出席せず、価格をはじめとする取引内容の詳細については外部の専門家を交えた特別委員会での検討を経て取締役会で審議・決議しましたね。昨年後半にはリスクの高い施策が功を奏し、当初の目標をクリアーし一般株主の皆さんが許容できるリスクレベルに達したことから、インドの2事業についてはNPHDによる買戻しの決議に至りました。 このような大株主による財務的リスク回避による戦略の実行は、NPHDのビジネスを熟知しているウットラムグループとMSVの価値観を共有しているがゆえに可能だと言えますね。またこのような取引を実行する上では、独立社外取締役が厳しい目を持って執行と大株主の動機と取引内容の妥当性を少数株主利益を損なわないように監視する必要がありました。 |
ゴー | 欧州の自動車用ビジネスも新しいリーダーシップのもとで競争力を付けてきていますが、NPHDの傘下に戻すことがMSVに貢献し得るものかを判断するには時期尚早です。少数株主の皆さんの利益を保護することは、先ほども申しましたように将来の資本市場からの資金調達を可能にする上で当社にとっての必須の最優先課題なのです。その意味では独立社外取締役の皆さんの厳しい姿勢には感服しています。NPHDはもとよりウットラムグループにとってもその独立性と多様な経験と見識が頼りなのです。 |
4. 対談を振り返って
取締役はそれぞれの経験と知見に基づき議論を戦わせ、NPHDにとっての唯一のミッションであるMSVのコンセプトをさらにファインチューンし続けていると認識しています。
中村 |
ゴーさんのお話を伺っていると、我々の唯一のミッションであるMSVに基づけば、当社にとっての適切なガバナンスが自然と構築・維持される、そんなに複雑な問題ではないと聞こえます。実際には取締役会で提案された議案の審議・決議のたびに、その提案はMSVに資するのかを問い、取締役はそれぞれの経験と知見に基づき議論を戦わせ、NPHDにとっての唯一のミッションであるMSVのコンセプトをさらにファインチューンし続けていると認識しています。 ウットラムグループのNPHDへの投資家としてのコミットメントの深さも実感することができて大変有意義でした。本日はありがとうございました。 |
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