MSV実現の中核をなす「安全かつ持続的なEPS成長」
私が「株主価値最大化(MSV)」の実現に向けて最も重視しているのが、「安全かつ持続的なEPS成長」です。単年度で利益を伸ばすことも重要ですが、それ以上に大切なのは、事業基盤の強固さと持続性、つまり、いかに安定的に利益を生み出し、いかに長期にわたって利益を積み上げられるかという点です。私は、それを「利益の質」と捉えています。
当社はこれまで、「自律・分散型経営」のもと、各地域・事業の強みを生かしながら株主価値を向上させてきました。これは、長い時間をかけて実践を重ね、その有効性が証明されてきた経営体制です。もっとも、自律性だけで価値が生まれるわけではありません。権限の委譲が機能するためには、優れた人材と、リスクの兆候を早期に把握し、適時・適切に対処できる強固な仕組みが備わっていなければなりません。
当社の揺るぎない強みは、「人への信頼」と「信頼を醸成する仕組み」の組み合わせにあります。MSVという共通の目的のもと、優秀な経営陣に自律性と経営資源を付与することで、「安全かつ持続的なEPS成長」のための強固な基盤を強化しています。
AOCが示した「アセット・アセンブラー」戦略の実像
AOCは、当社の「アセット・アセンブラー」戦略が実際にどのように機能するかを明確かつ具体的に示す最初の事例となりました。AOCの買収は、単に魅力的なバリエーションで優良な資産を取得したという話ではありません。その本質は、優れた経営陣と、長年にわたり成果を生み出してきた規律あるビジネスシステムを当社グループに取り込むことができた点にあります。
デューデリジェンスを通じて明らかになったのは、AOCが単に優れた企業であるだけでなく、当社の理念と密接に合致し、長年にわたって一貫して実践されてきた規律ある仕組みによって支えられている事実でした。AOCには信頼できる経営陣が存在し、当社グループに加わることでさらなる成長が可能になり、同時に他のパートナー会社にも貴重な学びの機会をもたらしています。
さらには、AOCは当社が考える「仕組みの資産」、つまり、グループ全体で共有できる能力、実践、ノウハウを兼ね備えた企業です。当社は各パートナー会社の自律性を尊重しますが、優れた手法や優れたアイデア、優れたシステムがあるならば、それはグループ全体の利益のために共有されるべきと考えています。AOCは、まさに「アセット・アセンブラー」戦略を体現した案件となります。
その他周辺分野と新たな地域への展開
当社のオーガニック成長は、塗料・コーティング事業だけで完結するものではありません。当社は、塗料・コーティング分野とその他周辺分野をともに成長領域として一体的に捉えています。塗料・コーティング市場は今後もコア市場として安定的な成長が見込まれますが、それだけに頼っていては、投資家の皆様の期待を十分に高めるには限界があるかもしれません。だからこそ、当社は、その他周辺分野を次の成長エンジンとして育ててきました。
その他周辺分野を支える強みは、3つあります。複数の市場にまたがる強力なブランド、事業ポートフォリオの拡大を可能にする広範な流通網、そして、化学に裏打ちされた技術力です。
こうした強みを生かした好事例が、SAF(密封剤・接着剤・充填剤)分野でした。2019年に当社グループ入りしたDuluxGroupを通じて「Selleys」ブランドを獲得し、2021年にはマレーシアのVital Technicalを買収したことで、こうした戦略は大きく前進しました。もともとBtoC中心だったSAF事業は、Vital Technicalの買収によって、BtoB、プロジェクト、新築、産業用途などの新たな成長領域が加わりました。これは、ボルトオン買収によって単に売上を上積みするだけでなく、長期的な成長可能性を高めていることを示すものです。しかも、重要な点として、Vital Technicalは、最初から売りに出されていた案件ではありませんでした。現地経営陣が時間をかけて関係を築き、相手の信頼を勝ち得たからこそ、最終的に当社グループへ迎え入れることができたものであり、当社ならではの現地に根差し、基盤から築き上げる成長アプローチを象徴するものです。
また、当社にとってのオーガニック成長は、輸出や事業の現地化、厳選したボルトオン買収、そして地理的拡張も含まれます。最終的に、成長余地の決定要因は、市場環境だけでなく、現場人材の意欲と判断力、つまり、機会を見極め、決断力を持って実行する能力が重要となります。
景気循環下でも揺るがない「利益の質」が示す中国事業の真価
当社中国事業を巡る懸念、特に中国不動産市場の厳しさを踏まえた懸念を投資家の皆様が持たれることを、私は十分に理解しています。しかしながら、私が申し上げたいのは、当社中国事業を短期的なニュース・フローだけで判断するのではなく、その環境の中でどのように事業を運営してきたのか?そして、「利益の質」が継続的にどう進化してきたのか?を見ていただきたいということです。
NIPSEA中国は2000年以降、当社グループにとって極めて大きな成長エンジンでした。2011年から2020年にかけて、NIPSEA中国は3つの3ヵ年計画を実行し、3年ごとに売上を倍増させてきました。これは単に、市場の追い風に乗っただけではなく、新しいセグメントへの規律ある参入、高付加価値製品の投入、そして、持続的な市場シェアの拡大を通じて達成してきたものです。その結果、現在のNIPSEA中国は、2010年当時と比べて事業の中身は根本的に様変わりしています。
こうした適応力を最も明確に表している取り組みが、建築配送(BMD)モデルや塗装業者向けサービス「Painter Club」です。新築住宅市場の減速が続く中、NIPSEA中国はいち早く塗り替え市場が拡大する構造転換を予測し、主要都市における仕組みづくりや塗装業者とのネットワークを着実に構築してきました。市場拡大のペースは当初想定より遅れていますが、基本的な方向性そのものは変わっていません。
かつて建築用事業の25~30%近くを占めていたTUB事業が急激に縮小したにもかかわらず、NIPSEA中国事業全体が崩れなかったという事実は、収益基盤が多様化され、単一の収益源に依存していないことを意味します。他の事業が短期間でそうした影響を吸収するなど、事業基盤の強固さを示してきました。こうした事業ポートフォリオの回復力こそが、私の考える「利益の質」の表れです。
中国を超えて広がる「次の成長」の地平
NIPSEA中国の成長可能性は、中国国内だけにとどまるものではありません。建築用だけでなく、とりわけ自動車用で確固たる事業基盤を築いています。中国の自動車メーカーは現在、海外進出を本格化させつつあり、1970年代以降の日本の自動車メーカーの海外展開と重なる動きを見せています。NIPSEA中国は、中国国内で構築してきた顧客との関係、日本・欧州・中国をまたぐ技術力、当社グループのグローバルな拠点の活用を強みとして、顧客とともに成長していくための万全の体制を整えています。
中国以外でも、当社グループの成長機会は着実に広がっています。2019年にトルコのBetek Boyaを買収した後、Betek Boyaの強みとマレーシアグループの知見を掛け合わせながらプラットフォームを強化しつつ、北アフリカへの展開、さらにはカザフスタンを起点にしながら中央アジアへの展開へとつなげてきました。そして、Betek Boyaは現在、トルコグループとしてより広い地域を担う独立した組織へと進化しています。これは、機会を見極め、信頼できる経営陣に権限を与えるという当社の人材観を表しています。
インドでも、建築用や自動車補修用の中核事業だけでなく、一連のボルトオン買収を工業用分野で重ねながら、新たな成長の柱を構築しています。こうした取り組みは必ずしもすぐに成果が現れるわけではないものの、当社グループを複数の成長軸に位置付けるべく、意図を持った投資を行っています。
自律的な経営、協働、仕組みの役割
当社グループの主たる競争力は、「自律・分散型経営」と協働文化の組み合わせにあります。当社グループは、課題発生時のみならず平時から、原材料調達や価格戦略、コスト管理、デジタル化、SAF展開などに関する知見をグループ内で共有し合っています。NIPSEA中国で培われた専門知識が他の地域に波及することもあれば、他の地域の成功モデルがNIPSEA中国にとっての貴重な知見になることもあります。こうした協働は、特に混乱時において、当社グループ全体のレジリエンスとして力を発揮しています。
NIPSEAグループでは、6つの行動指針として「VITALS」を掲げながら、企業文化である「LFG(無駄のない成長)」を実践してきました。とりわけ重要なのが「Teamwork」です。そして、分散型でありながら一体感のある組織運営を可能にしているのは、共通の「羅針盤(North Star)」であるMSVを持っているからです。MSVがあるからこそ、各地域・事業の方向性と価値観がぶれず、自律的に行動することができています。
こうした考え方は、AIへの向き合い方にも反映されています。AIは単なる効率化の道具ではなく、人材への関わり方、組織のあり方を根本的に見直す広義の経営課題そのものです。人材活性化を目指して日本グループで立ち上げた「JCC(ジョブ・クラフティング・センター)」をはじめとする取り組みは、事業環境が変化する中で従業員を支援し、技術導入を持続的な価値創造につなげていく私たちの姿勢の表れです。
AIは製造、サプライチェーン、営業、研究開発、生産性など、多くの領域で当社の能力を高める可能性を秘めています。しかし、真に価値を生み出すためには、適切なプロセス設計、データの蓄積、システムの統合、それらを効果的に活用できる人材など、必要な基盤が整っていることが不可欠です。最終的に最も重要なのは、技術そのものではなく、それをいかに「人と組織の力」の強化につなげられるかです。
投資家の皆様へ
当社グループはこれからも、優れた人材と強固な仕組み、分散と協働のバランスが取れた経営体制を基盤として、オーガニック成長とインオーガニック成長の両輪によって、「安全かつ持続的なEPS成長」を積み上げていきます。投資家の皆様には、短期的な変動にとらわれず、「利益の質」と「成長の再現性」にご注目いただきたいと考えています。当社は、それら双方を一貫した実行力によって示し続けてまいります。